終身雇用という言葉を、「既に過去の価値観」と思う人は多い。
しかしそれでも、以下のデータを見たら、日本の雇用の流動性の現実に驚かれるかも知れない。
厚生労働省:「雇用動向調査」(2016年)
https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11804000-Shokugyounouryokukaihatsukyoku-Ikuseishienka/0000204527.pdf
2016年のデータだが、日本では既に、新たに会社で仕事を得る人の60%以上が転職組だ。
新規学卒者、いわゆる新卒が18%であることを考えれば、その3倍以上の人材を平均して、会社は採用しているということになる。
「そんなの、採用意欲が旺盛なベンチャー系企業だけじゃないのか」
と思われるかも知れないが、それは間違いだ。
厚生労働省:「雇用動向調査」(2016年)
https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11804000-Shokugyounouryokukaihatsukyoku-Ikuseishienka/0000204527.pdf
上記のグラフは、事業規模別に調査した転職入職者の比率である。
従業員1000人以上の大企業ですら、今や新たに採用する社員の半数以上が転職組になっていることがわかる。
30-99人の中堅企業では70%を超えているのだから、今や人材の採用は新卒一括よりも、中途採用が主流と言って差し支えないだろう。
この流れが止まるとは思えない以上、いずれ日本企業からも、「プロパー(生え抜き)」という言葉が失われることになるかも知れない。
しかしここで、一つの疑問がある。
なぜ中途採用の勢いは、途切れないのだろうか。
会社が急激に成長を続けているのなら素晴らしいことだが、中小企業から大企業まで右肩上がりの成長を続ける景気の良さを実感することはできない。
ポストにも限りがある以上、満足できる人材を採用できたなら転職組を受け入れ続ける勢いが落ちても良さそうなものだ。
ここで、別の資料をご覧いただきたい。
引用:総務省統計局「増加傾向が続く転職者の状況 ~ 2019 年の転職者数は過去最多 ~」
https://www.stat.go.jp/data/roudou/topics/topi1230.html
上記の数字は転職者の数と転職者比率(就業者に占める転職者の割合)を示したものだが、一つ、違和感があるのではないだろうか。
転職者の数は顕著に増えているのに、転職者比率の割合の増加はとても緩やかだ。
世代によってはほとんど変わっていない。
全てが全てではないが、これは転職者の目線で見た場合は「転職を繰り返す人が多い」ということもあるのではないだろうか。
経営者目線で言えば、「採用したけど、期待と違った」ため、早期離職をする人が多い結果も、大いに反映していると言えそうだ。
つまり、転職が当たり前の時代になり始めた昨今、ビジネスパーソンは「転職の武器とはなにか」を正しく理解できないままにより良い条件だけを求め、離職を選択している。
経営者は「実績のある優秀な人材だから、きっと成果を出してくれるだろう」と、安易に人材を採ってしまう。
そんな人材のミスマッチと試行錯誤が、繰り返されているのではないだろうか。
そして筆者自身、実際にそんな現場を多く見てきた。
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かつて筆者が、大阪の中堅メーカーでターンアラウンド(事業再生)担当の取締役に就いた時のことだ。
出社初日、役員や幹部への挨拶を済ませると、最後に経営トップから「俺の片腕だ」といって、一人の年配の男性を紹介された。
「大手商社で部長職にいた人でな。人脈も広く、世界を相手に大きな商売をしてきた経験がある人なんや。だからウチで、新規事業の開発責任者をしてもらってる。」
そう紹介された事業本部長はソファーに深く背中を預けると、上機嫌で自己紹介を始めた。
商社時代に数百人の部下を動かしていたこと。
毎月億単位の予算を預かっていたこと(?)。
海外の要人にも頼られ、国家プロジェクトにも関わったこと。
そんな過去の立派な話はずいぶん長く続いたが、しかし一向に、今現在のポストで何に責任を持っているのか。
そして私に、どのような役割を期待しているのか。
自他ともに認める社長の片腕であるにも関わらず、肝心の話が全く出てこない。
無意味な会話を持て余し、私は
「なるほど。ところで債務超過寸前の今の状況をどのように立て直すか。事業部門の営業数字もほとんど上がっていないようですが、どのように改善していくのか。私にお手伝いできることがあれば、聞かせて頂けますか?」
と、話の矛先を変えることにした。
すると本部長は顔色を変え、
「それを考えるためにキミが来たんじゃないのか。どうせ高い給料貰うんやろ!他力本願とはどういうことだ!」
「俺は数字のことはわからん。数字のことはキミがまとめろ!」
と怒り出し、会議室から出て行ってしまった。
経営トップは、
「口は悪いやつだが、悪気はないんや。気にすんな。」
と私をなだめたが、冗談ではない。
経営トップの片腕であり、新規事業部門の責任者であるキーマンが数字を理解せず、非常時にあって無策であることを開き直るなんて、気にせずにいられるものか。
私自身、そんな幹部と背中を預け合いながらTAM(ターンアラウンドマネージャー)の職責など果たせるわけがない。
そんな嫌な予感がするファーストコンタクトだったが、1ヶ月もせずに、この本部長のやり方が悲惨なものであることがすぐに理解できた。
部下の営業部長には、
「成果も出さずに、よく家に帰れるな。寝ずに仕事をしろ!」
などと間違いなくアウトな暴言を繰り返し、
製造部門長には、
「材料費を一律で3%カットしろ!できへんのなら、労務費(給料)で補填しろ!」
などと、あらゆるハラスメントを含んだ恫喝を繰り返していた。
昭和の商社ではこんなやり方で成果が上がったのかもしれないが、彼こそが業績が上がらない一番の元凶だ。
危機感を感じた私は経営トップに直言をするものの、
「新規事業の立ち上げには、時間がかかる。」
「大きな会社を辞めてウチにきてもらったのに、辞めさせるわけにはいかない。」
と、本質的ではない経営判断を繰り返した。
やむを得ず私は状況を整理し、
・既存事業で上がっている利益を全て新規事業が食いつぶし、さらに侵食し続けていること
・やり方を変えずに新規事業を継続すると、半年あまりでキャッシュが枯渇すること
を定量的に示し、経営トップに決断を迫った。
経営トップはさすがに顔色を変え、その場で本部長を呼び現状をシェアし、対応策を求めたが、それでもまともな答えは返ってこない。
ここに至って、経営トップはようやく更迭を検討し始めたが、その後株主からも厳しく結果責任を追求されたこともあり、結局彼は自ら会社を去った。
どれだけ立派な経歴を誇る「人材」であっても、経営トップや会社が必要とする能力がないのであれば、そんな人物を会社のキーマンにしては絶対にならない。
転職者がすべきたった一つの仕事とは
この本部長が成果を挙げられず、転職に失敗した理由は明らかだ。
経営トップは、
「大きな会社で立派な仕事をしてきたのだから、きっとすごい人だし、仕事を任せられるはずだ。」
という、全く根拠のない期待で彼を採用したこと。
本部長は、
「中堅レベルの企業だし、大企業で成功した俺のやり方で成功しないはずがない。」
と、大いなる勘違いをしていたこと。
双方の判断ミスで、この転職の悲惨なミスマッチが発生した。
大企業で幹部に求められる能力と、0から新しい価値を生み出す幹部に求められる能力は180度、完全に別物なのだから、この結果は必然だ。
では、転職者はどのような姿勢で転職活動を進め、そして新しい会社でどのように仕事に向き合えば成功するのか。
簡単なことだ。
“ラーメンを注文した客に、うどんを出すな”
ただこれだけである。
どういうことか。
私はCFO、あるいは経営企画の責任者としていくつかの会社で取締役を務めたが、このポジションにとっての客とは「経営トップ」に他ならない。
なぜか。
どちらのポジションも、経営トップの想いと価値観を形にすることが、最大の使命だからだ。
例えば資金調達一つをとっても、経営トップが、
「俺は無借金経営を貫きたい。エクイティで資金調達することにこだわってくれ。」
と言えば、その意志を最大限、尊重しなければならない。
というよりも、経営トップを乗り気にしない限り、エクイティであろうがデットであろうが資金調達の話など、絶対に進まない。
「いや、社長。その判断は間違っています。私の言うとおりにしてください。」
などと言ったら、経営トップという生き物は意地でも言うことを聞かなくなる。
一義的には、ラーメンを注文した客にはラーメンを提供しなければならないし、何よりも店は美味しいラーメンを提供する能力を保つ必要がある。
もしどうしても、ラーメンよりもうどんを提供したほうが客のロイヤリティが高まると思うなら、客に
「なるほど、じゃあ今日はうどんにしてみるか」
と思わせる工夫を、先に講じる必要がある。
その過程をすっ飛ばし、
「いや、ラーメンよりもうどんのほうが美味しいですよ」
などと言ったら、
(・・・コイツは何を言ってるんだ)
と思われるだけだ。
それが、CFOと経営トップの関係だ。
そしてこれは、全ての転職志望者と会社の関係でもある。
転職をしようと考えている人は、面接の時に、自分がどれだけの実績があり、何ができるかをアピールするかも知れない。
しかしそれでは、不十分だ。
加えて、
「私の実績と能力は以上ですが、御社が今回、採用する幹部(社員)に求める能力と期待を、具体的に聞かせて頂けませんか?」
と聞く必要がある。
同時に採用する側も、相手の自己PRを聞くよりも
「今回当社では、こんな人材を求めています。」
「このような能力を最低限、持っている必要があります。」
「こんな価値観で、私は会社を経営しています。」
「その上で、あなたの実績の中から、これら仕事に関連するお仕事のお話を聞かせて頂けないでしょうか。」
と、確認しなければならない。
転職をしようとするもの、経営者ともに自分の食べたいもの、自分が提供できるものを明確にしなければ、その商談は悲惨なものになるだろう。
この当たり前の原則を改めて再確認して、人材採用に臨んで欲しい。
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