モラハラ(モラルハラスメント)とは、相手の人格や尊厳を傷つける行為です。
仮に企業においてモラハラへの意識が低く、早期発見や改善の体制が未整備な場合、事態が悪化して多くの不利益が生じます。
本記事ではモラハラの定義や職場における事例、生じる原因、企業が行うべき対策を解説します。
社員が安心して働ける環境を整えて、本来の業務に力を注げる職場環境を構築しましょう。
目次
モラハラは簡単に言うと「言動により相手に精神的苦痛を与えること」
モラハラとは「モラルハラスメント」を略した言葉であり、言葉や態度などで相手に精神的な苦痛を与える「道徳や倫理に反する嫌がらせ行為」です。
例えば相手を無視する、人格を否定する、プライベートに干渉する、暴言を吐くなどがモラハラに該当します。
肉体的ではなく、精神的にダメージを与えるため表面化しづらく、被害者は周囲が気付かないうちに多大なダメージを負っている場合があります。
モラハラとパワハラとの違い
モラハラと似た言葉に、パワハラ(パワーハラスメント)があります。
厚生労働省は職場において、以下の3つすべてを満たす行為がパワハラに当たると定義しています。
- 優越的な関係を背景とした言動であって、
- 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、
- 労働者の就業環境が害されるもの
ただし、同パンフレット内では、客観的にみて業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導は該当しないと説明されています。
パワハラは職場の優越的地位を背景とした不適切な言動ですが、モラハラは当事者間の立場に関わらず行われる精神的な嫌がらせである点で異なります。
また、パワハラは主に職場で発生しますが、モラハラは夫婦間や学校内などのさまざまな場所で起こる可能性がある行為です。
モラハラとDVとの違い
モラハラと似た言葉にDVがあります。
DVとは「ドメスティック・バイオレンス(domestic violence)」の略で、日本では一般的に「配偶者や恋人など親密な関係にある、または過去に親密な関係にあった者から振るわれる暴力」を指します。
相手を身体的・精神的に傷つける、お金を渡さない、SNSで誹謗中傷するなどの金銭的・社会的に傷つける行為もDVの一例です。
モラハラと精神的DVの主な違いは、発生する関係性にあります。
DVは主に配偶者や恋人間の暴力で、身体的暴力も含む点が特徴です。
一方、モラハラはより広範な関係性で起こりうる行為で、主に精神的攻撃がその手段となります。
職場におけるモラハラの例
モラハラは恋愛関係にある人の間や家族間で行われるイメージが強いかもしれませんが、企業における被害も報告されています。
モラハラは態度や言葉によって相手に精神的な苦痛を与え、職場環境を悪化させたり、労働者を退職に追いやってしまったりする行為で、具体的には以下のような例が挙げられます。
- 話しかけても無視する
- 同僚やチームメンバーがいる前で過剰に叱責する
- 「それでも〇〇大学卒業なの?」と、能力や人間性を否定する
- 他の社員の前で悪口や噂話をする
- プライベートについて過剰に詮索する
- ミーティングやイベントにわざと誘わない
これらが執拗かつ継続的に行われた場合、被害者はうつ病や不安障害など、深刻な精神疾患を発症する恐れがあります。
モラハラをする人の特徴
では、どのような人が職場でモラハラ行為に走ってしまうのでしょうか。
ここでは、モラハラをする人の特徴を3つに絞って紹介します。
他責の思考がある
モラハラをする人は自分の非を認めない特徴を持つため、他人に責任転嫁する傾向があります。
例えば職場において「上司に指示された方法でやったら失敗した」「チームメンバーの動きが悪くて目標未達になった」などと、他人を責める言葉を使いがちです。
このような他責の思考は、周囲への配慮を欠いた一方的な非難や責任転嫁につながりやすく、職場の信頼関係や雰囲気を悪化させる要因となります。
共感力が欠如している
「こうした言動をされたら相手はどう思うか」という想像力が欠けているのは、モラハラをする人の特徴のひとつです。
自分の行動が他者にどのような影響を与えるのかを理解していないため、要求を一方的に押しつけるのみならず、相手がストレスに苦しんでいても「なぜこんなことでへこたれるのかわからない」と、心情を理解しようとしません。
共感力の欠如により相手をひとりの人間として尊重できず、精神的に追い込んでしまうのです。
自分に自信がない
モラハラをする人は自分の信念を十分に持てていないため自信がなく、他者に対して偉そうに振る舞うことで自分の優位性を示そうとする特徴があります。
職場で部下に対して必要以上に厳しく当たったり、頭ごなしに否定したりして自分のほうが立場が上であることを確認しようとします。
仮に相手が成功したとしても、自分の存在が脅かされるととらえて妬みや嫉妬の感情を抱き、歪んだ自己肯定の手段として、さらなるモラハラ行為へと走ってしまうのです。
企業がモラハラを放置するリスク
モラハラは加害者と被害者二者間の問題ではなく、放置すれば企業にあらゆる不利益を及ぼします。
ここでは、企業がモラハラを放置するリスクを紹介します。
社員が精神的に不調をきたす
モラハラの被害者は無視や強い口調での叱責など、日頃から非常に強いストレスにさらされています。
日常的に自らを否定するような言動をとられれば、自己肯定感が著しく低下するものです。
このような状況が続くと、モラハラの被害者はうつ病や適応障害などの精神疾患を発症する可能性が高まり、休職や長期療養が必要になってしまうケースもあるでしょう。
社員が退職に追いやられる
どれほど企業で行う業務が好きでやりがいを感じていても、人間関係のストレスがあると心身に影響を及ぼすものです。
例えば根拠のない批判を受け続けることによって、本来やりがいを感じていた業務に対する意欲を失ったり、皆の前での叱責によって出社が苦痛になったりします。
たとえ優秀な人材であっても理不尽な扱いを受ければ転職を決意してしまい、企業にとっては大きな損失となります。
法的な責任を負う
企業には労働者を健康で安全な職場で働かせる「安全配慮義務」があります。
これは、企業が労働者の心身の健康と安全を守るために配慮するべき義務です。
実際に、強い口調で業務のミスを叱責され続け、呼び捨てにされた社員が命を絶ってしまったことがありました。
この事件では、企業が安全配慮義務違反を問われ、約6,100万円の損害賠償の支払いが命じられました(ゆうちょ銀行事件<徳島地判平成30年7月9日労判1194号49頁>)。
モラハラの放置により企業は法的な責任を負うのみならず、社会的信頼を失墜させることにもつながります。
モラハラが生まれる原因
企業でモラハラを防止するためには、原因となる事柄を排除する必要があります。
ここからは、企業でモラハラが生まれる原因を解説します。
対話で問題解決を図る文化の欠如
建設的な意見交換の習慣がない場合、一方的な指示や批判で人を動かそうとしてしまいがちです。
上司が部下の提案を聞かず「とにかくやれ」「文句を言うな」といった高圧的な態度で指示を出すパターンが典型例でしょう。
対話による問題解決ではなく、威圧や恐怖で相手をコントロールする手法が定着している場合、上司は支配的な態度をエスカレートさせ、部下は萎縮してしまいます。
それを防ぐため、中間管理職が部下に行う指導へのフィードバックや、傾聴スキルや対話力向上研修でのマネジメントスキルの醸成が必要です。
慢性的な人手不足
余裕がない職場環境は、社員の攻撃性を高めます。
ひとり当たりの業務量が過多になると、常に時間に追われる状況が続きます。
すると普段なら許容できるような些細なミスでも、大きな問題として扱われがちです。
休憩時間も十分にとれず、精神的な余裕を失った状態が続くことで部下や同僚への思いやりや配慮の姿勢が低下し、職場の雰囲気を悪化させる要因となります。
企業はITツールの導入や社外へのアウトソーシングなどの方法で、これを防がなければなりません。
過度の業務負荷とプレッシャー
加害者が極度のストレス状態にさらされている場合、それが他者への攻撃性に変換されやすくなり、モラハラを生む一因となり得ます。
例えば、売上の目標達成に追われる営業マネージャーが部下に「数字が足りない、どうするつもりだ」と詰め寄ったり、納期直前のプロジェクトリーダーが「君のせいで納期が遅れる」と個人攻撃したりするなどにつながります。
精神的に余裕を持てない状況では、ハラスメントが周囲からも「仕方のないこと」と正当化されてしまう危険性があるでしょう。
目標は適度な負荷がかかる範囲で設定することで、過度なストレスから行われるハラスメント行為の解消につながります。
企業が行うべきモラハラ対策
モラハラに対して企業がきちんと対策を講じれば、発生の未然防止や早期発見、迅速な対処ができます。
ここでは、企業が行うべきモラハラ対策を解説します。
ハラスメント防止に対する指針の明確化
モラハラに対して企業があいまいなスタンスをとっている場合、労働者の判断基準がばらつき、問題行動を起こす、あるいは見過ごす可能性があります。
それを防ぐため、「相手の人格を否定する発言は禁止」「大声での叱責は指導として不適切」といった具体的な行動基準を、社内規程や就業規則などに明記しておくことが大切です。
同時に、違反した場合の処分も定めておくようにしましょう。
指針の明確化により上司は部下指導の際に適切な境界線を意識でき、指導を受ける側もハラスメントを判断しやすくなるため、問題の早期発見と防止が実現します。
加害者への指導
問題行動を放置すると、加害者の行為が企業内で許容されるという誤認を与えます。
その結果、行動がエスカレートして被害が拡大してしまう可能性があります。
ハラスメントが発覚した際は、人事担当者や管理職が加害者と面談し「〇〇という発言で部下が精神的苦痛を感じている」と具体的な問題点を指摘しましょう。
そのうえで改善点を明確に伝え、定期的な面談やアンガーマネジメントやコミュニケーションスキル向上といった研修の受講で、行動変容をサポートします。
このような継続的な指導により、加害者の意識を変え、職場環境の改善を図らなければなりません。
人員配置の見直し
人材の不適切な組み合わせは、職場のストレスを高めてハラスメントの温床となります。
例えば性格の合わない上司と部下のペアでトラブルが頻発しているようであれば、いずれかを別のチームに異動させることで関係のリセットを図りましょう。
また、定期的な人事異動により組織の新陳代謝をうながし、人間関係の固定化による弊害を防ぐことも重要です。
その際、社員のスキルや適性を見極めた適切な人員配置がかなめとなります。
各自が能力を発揮しやすい環境を作ることで、ストレス軽減とハラスメント防止の両方を実現できるでしょう。
相談窓口の設置
モラハラの被害者がひとりで抱え込んでしまうと、解決が遅れて問題が深刻化してしまう可能性があります。
それを防ぐため、社内に「ハラスメント相談窓口」を設置して専任の相談員を配置しましょう。
相談は匿名でも受け付け、相談した事実により不利益を被らない旨を社内規程などで明文化し、全社員に周知徹底することが重要です。
対面のみならず電話やメールでの相談も可能な状態にすることで、相談への心理的ハードルを低くできます。
相談内容が深刻な場合には窓口担当者のみで対応しようとせず、産業医をはじめとする専門家に相談することで事態の悪化を防げるでしょう。
ハラスメント防止研修の実施
ハラスメントに対する知識不足や認識の甘さは、適切な指導と行きすぎた指導との境界線をあいまいにさせます。
ハラスメントのない職場作りを進めるため、企業でのハラスメント防止研修の実施が重要です。
研修では以下のような内容を伝えるとよいでしょう。
- ハラスメントの定義と種類
- 該当する事例
- 当事者や職場に与える影響
- 防止するためのコミュニケーションスキル
- 発生した際の対応方法
研修後は理解度テストを実施して知識の定着を確認します。
継続的な教育により、ハラスメントに対する正しい知識と防止意識を組織全体に浸透させられます。
モラハラを防止して健全な組織運営をしよう
職場でモラハラ行為があると、被害者が心身の不調を発症し、退職を検討してしまうでしょう。
それだけでなく、程度によっては企業が損害賠償請求を受けたり、社会的なイメージが低下したりする可能性もあります。
ハラスメントを許さないという企業の明確な姿勢を規程等で明文化し、研修を通じて全社員の意識を定着させることが重要です。
これにより、モラハラを未然に防ぐ組織体制を構築し、社員が安心して働ける職場を作りましょう。