試用期間中は本採用後と比較して、正当な解雇と認められる根拠の範囲が広いとされています。とは言え、どのようなケースでも能力不足が正当な根拠として解雇が認められる訳ではありません。
客観的にみて根拠がないと判断されれば、不当解雇とされる可能性があります。不当解雇が事実として世間に広まった場合、企業にとって大きな損失につながりかねません。
本記事では、能力不足を根拠に試用期間に解雇できるかについて、認められるケースと注意事項を詳しく解説します。
目次
試用期間とは?
従業員が優秀であるといくら証明できる材料があっても、実際に現場での働きを見なければ、性格や能力、特性を見極められません。試用期間は、企業が従業員を本格的に採用する前に、試験的に採用できる制度のことです。
試用期間の長さは企業によって異なりますが、一般的には1〜6カ月程度です。試用期間を設定する場合は期間の長さに加えて、細かい労働条件を就業規則や労働契約書の中で明確にする必要があります。
試用期間は正社員だけでなく、アルバイトやパート、契約社員といったさまざまな契約形態で設けることが可能です。試用期間を設けることは、企業と従業員の双方にメリットがあります。
履歴書や適性検査、面接といった採用までに行われるやり取りの中だけでは、その従業員が現場で通用する能力を持っているか分かりません。試験的に採用する試用期間を設けることで、企業側はその従業員の性格や能力、特性といった部分を見極めることができます。
また、従業員側にもメリットがあります。働き先を探す際は企業のホームページや求人情報を参考にしますが、表に出ている情報だけでは実際の職場の雰囲気までは分かりません。従業員は試用期間を通して、自分に合った職場かどうかを判断できます。
試用期間中に解雇はできるのか
試用期間は、企業や業務に対して従業員が適性を持っているか確認するための期間のため、本採用とは異なります。しかし本採用ではないからといって、雇用する側の判断で自由に解雇はできません。
試用期間は法的に見ると、解約権留保付雇用契約として扱われます。そのため、試用期間中の解雇は、留保されていた解約権を行使するといった意味合いがあります。
よって、試用期間であっても就業規則で定められた解雇事由に即した手続きが必要です。漠然とした根拠だけでの解雇は認められません。
解雇についての根拠は、労働契約法の第16条の中で定められています。これによると、解雇には客観的かつ合理的な根拠が必要で、社会通念上相当とされなければいけません。(※1)
実際に解雇の判断を下す際は就業規則の中で、試用期間を設けていること、期間中の解雇事由についての明示が必要です。通常の解雇と同じように、30日前の解雇予告も欠かせません。
なお、解雇事由に即していれば採用から14日以内の解雇であれば予告は不要です。しかし、短い期間で解雇の判断を下すのは現実的に難しいかもしれません。(※2)
(※1)参考:e-Gov法令検索. 「労働契約法」
(※2)参考:厚生労働省. 「チラシ 解雇には30日以上前の予告が必要です」
試用期間中の解雇が認められやすくなるケース
試用期間中でも、解雇の際は本採用と同様に社会通念上相当とされる根拠が必要です。試用期間中であっても解雇が認められやすくなるケースを紹介します。
十分に指導を行ったが、能力不足の場合
わずかな期間で従業員の能力をはっきりと評価するのは、簡単ではありません。しかし、十分に適切な指導を行っているにもかかわらず、与えた仕事を満足にこなせない場合は、試用期間中の解雇が認められる場合があります。
ただし、試用期間内で十分に指導を行ったかどうかの判断もまた、難しいかもしれません。また、複数の部署がある企業の場合は、特にこのケースでの解雇が難しくなります。配属された1部署のみで、能力不足とは断定しづらいためです。
配置転換や他の業務を担当させるなどして、それでも業務に問題があるとされれば、解雇の事由に当てはまる可能性があります。加えて、指示に従わず何度も問題を起こしている場合は、解雇の正当性が高まります。
管理職として採用したが、能力不足の場合
企業によっては、即戦力として管理職を採用するケースがあります。管理職として採用したものの、期待していたほどの能力がなかった場合、解雇が認められやすくなります。
管理職としての採用は、企業側が求めている能力をあらかじめ明確に提示していることが多いため、成果を出すことを前提としているのが一般的です。
よって、管理職として採用した際に期待していた能力が足りていなければ、客観的かつ合理的な根拠として解雇する判断ができます。あらかじめ決められていた役職のみでの採用なら、部署が複数あっても配置転換や他の業務を担当させる必要はありません。
ただし管理職として能力不足だったとしても、簡単に解雇はできません。解雇が社会通念上相当だと判断するには、必要な内容が明記された雇用契約書の他、客観的な証拠を集める必要があります。
病気などが後から発覚した場合
試用期間中に病気を患ってしまった場合、それを根拠に解雇することはできません。もし、病気や怪我によって長期的な治療が必要だと判断できる場合、企業は他の従業員と同等にサポートを行う義務があります。
しかし、病気や怪我を根拠に長期的な治療が必要になったのであれば、復帰後勤務継続が難しいと判断される場合に限って解雇が可能なケースがあります。
また、もともと病気や怪我など業務に支障をきたす可能性がある場合、従業員は企業に対して事前に伝えておかなければいけません。
雇用契約書の中で、契約にあたって業務に支障をきたす病気や怪我の有無を確認する内容が含まれていたにもかかわらず、後から発覚したのであれば、解雇の根拠にできます。
ただし、発覚したからといって一方的に解雇するのは難しいでしょう。他に対応できる業務がないか検討したり、休職をさせて治療に専念させたりすることを優先しましょう。それでも業務に支障がでるような状態が続くのであれば、そこで初めて解雇を検討します。
試用期間中に音信不通になった場合
試用期間中、従業員と連絡がとれなくなった場合、解雇にできる可能性があります。ただし、音信不通を根拠に解雇するとしても、条件を満たさなければいけません。
ほとんどの企業の就業規則には、正当な根拠がない状況で◯日以上欠勤した場合は解雇できるといった記載があります。就業規則に定められた日数を超えて連絡がつかない場合は、懲戒解雇が可能です。
解雇の際は事前通達が必要になりますが、相手が音信不通の場合は事前通達ができません。解雇の事前通達は、相手方に通知が到達してから効力を発揮します。
もし、音信不通でも相手の所在が分かるのであれば、通知書を自宅へ郵送することで事前通達が可能です。本人が不在であっても、同居する家族が受け取ったり、留置期間が過ぎて返送されたりしても、事前通達として認められます。
採用面接時に虚偽・誇張があったと発覚した場合
採用面接や履歴書に虚偽や誇張があったと発覚した場合、内容によっては解雇にできる可能性があります。採用面接や履歴書の虚偽および誇張は、経歴詐称にあたります。
企業側は求人の際に求めている人材を提示していますが、それに対して採用面接や提出された書類の内容が異なる場合、業務の遂行が不可能なこともあるでしょう。
経歴詐称により、企業は損害を被るかもしれません。よって、経歴詐称は正当な解雇事由として認められやすいです。
試用期間中の解雇が認められにくいケース
試用期間中であっても、以下のような根拠では解雇が認められにくいです。それぞれのケースについて詳しく解説していきます。
企業が十分な指導を行わなかった場合
1つ目のケースは、企業が十分な指導を行わなかった場合です。従業員の能力不足を根拠に解雇させることは可能です。
しかし、企業側が一方的に能力が不足していると決めつけることはできません。試用期間を通して、従業員は成長していくと考えられるためです。能力不足を根拠に解雇させるには、企業が十分な指導を行う必要があります。
企業側が全ての手段を尽くし、それでも対応できなかったり、改善の見込みが見られなかったりする場合は、能力不足を客観的かつ合理的な根拠として従業員を解雇できるでしょう。
また、なかなか成果につながらなかったとしても、業務に真面目に取り組んでいるのであれば、解雇の正当性が認められないことが多いです。限られた試用期間では、企業として十分と思える指導を行っても、能力不足と判断するのは難しいためです。
能力不足による解雇は、よほど従業員側に問題がある場合と覚えておきましょう。
総合職やスペシャリスト採用の場合
2つ目のケースは、総合職やスペシャリスト採用の場合です。営業やバックオフィス、企画、開発を担当する総合職は、専門的な技術や能力を持つスペシャリストと同様に、解雇が認められにくいとされています。
総合職が担当する業務範囲は、非常に幅広いです。解雇の根拠に正当性を持たせるには、違う業務を任せたり配置転換をおこなったり、能力を発揮できる場所を探す努力が必要です。
そのため総合職の場合は、限られた試用期間で企業にマッチできていないと判断することは難しいでしょう。一方で、専門的な技術や能力を持つスペシャリストの業務範囲は、非常に限られます。
企業としては、持っている技術や能力を活かすことを前提に試用期間込みの採用を決めます。仮に、与えられたポジションが合わなかった場合、違う業務や配置転換を提案しなければなりません。
ただし、持っている知識や技術とは関係のない業務への配置転換に応じられないと従業員側が判断して、相手から合意退職を提案されることは考えられます。
能力不足でも会社の損失がない場合
3つ目のケースは、能力不足でも会社に損失がない場合です。試用期間中の従業員の能力不足を根拠に解雇するには、客観的かつ合理的に認められる根拠が必要です。
先述したように、企業側が十分に指導したにもかかわらず、改善が見込められない場合は解雇できる場合があります。
また、従業員の能力不足が原因で会社に損失が発生した場合も、解雇の根拠にできます。
試用期間中の従業員の能力が不足しているために、業務に支障が生じてしまい、企業経営や業務運営に深刻な支障が見られていないのであれば、解雇は認められない場合が多いです。
試用期間中に解雇を行う際の注意点
解雇の根拠が不当だとして、従業員との間でトラブルが発生する場合があります。ケースによっては、裁判にまで発展してしまうかもしれません。
試用期間中に解雇を行う際の注意点を7つ紹介します。
これ以上にないくらいの指導を行ったかどうかを検討する
これ以上ない指導を行ったかどうかを検討しましょう。能力不足を理由に試用期間中に解雇する前に、まず企業側はその従業員の能力を活かせるようにできる限りのことを尽くす必要があります。
従業員が業務に取り組めるように適切な指導を行う他、改善が見込めなければ他のポジションを検討することも考えられます。勤務態度についても同様です。改善するように、こちら側の意思を提示しましょう。
試用期間中に解雇するには、客観的かつ合理的な根拠が必要なため、曖昧な根拠ではなく明確な証拠を集めなければいけません。従業員に対する指導や方向転換などを記録しておき、それでも改善が見込めなければ、解雇を検討しましょう。
解雇に踏み切る際は、企業として尽くせる限りの指導を行ったか確認してください。
客観的にみて公平性が保たれているかを確認する
試用期間中に能力不足を理由に解雇を検討する際は、その内容が客観的にみて公平かどうか確認しましょう。特定の責任者、あるいは企業にとって能力が足りていないと思ったとしても、客観的に見るとふさわしくない評価をしているかもしれません。
例えば、その従業員に対して求められているレベルが、客観的にみて明らかに高すぎるのであれば、公平とはいえません。公平性を保つには、目に見える形で能力を測る基準を用意することが大切です。
特定の作業にかかった時間や成果物のクオリティなど、できるだけ数値で表現し、第三者からみて解雇が公平だと判断できるかどうかを確認しましょう。
改善が見込めるかどうかを検討する
改善が見込めるかどうかもしっかり検討しましょう。能力不足だと判断するのには早すぎる場合も考えられます。従業員の不足している能力に対し、改善できるように適切なサポートを行うのは企業側の義務です。
そして、従業員側は企業からのサポートを受け、改善するために努めなければいけません。このとき、改善が見込まれるかどうかの判断は、解雇を決める上で重要なポイントです。
試用期間中の企業から従業員へのサポートは、注意や指導の他、支社や営業所が複数あるならば、配置転換も検討できるでしょう。
まずは企業側が従業員に対して、できる限りのサポートを行います。サポートに問題があった場合、解雇は難しくなります。サポートをしたものの、今後良くなっていく見込みがまったくないのであれば、正当な解雇は十分に検討できるでしょう。
会社に損失があったかどうかを確認する
試用期間中の解雇が正当かどうかの判断は、企業に与えた損失によって左右されます。実際に大きな損失を与えたのであれば、解雇の正当性は認められやすくなります。
例えば、能力不足の従業員に業務を任せたところ、期日までにクライアントへ納品できなかったとします。納期が守れずにクライアントからの信頼を失い、金銭面でも多大な損失が発生しました。この場合の解雇は、十分に正当性が認められると考えられるでしょう。
しかしいくら損失が発生したとしても、それだけを根拠に解雇にすることはできません。企業側は、進捗のチェックや適切な業務配分、状況によっては協力するなど、業務が遂行できるようにサポートすることが求められるためです。
明らかに無理のある業務を従業員に押し付けて損失が発生した場合、それを根拠に解雇させるのは正当とはいえません。
本採用拒否は会社都合の退職扱いになる
試用期間が終了したら本採用するか、企業側の判断で本採用拒否となります。本採用を拒否する場合、会社都合の退職として扱われます。
ただし、どのような事情でも本採用を拒否できるわけではありません。試用期間中に解雇するのと同様に、正当だと認められる根拠が必要です。本採用拒否を巡る裁判は過去に何度か起こされていますが、ほとんどが濫用として無効の判決が出ています。
本採用拒否の根拠として、特に見られるのが能力不足です。採用した際に期待されていた能力や不足の度合い、与えられた業務改善の機会など、これらを総合的に踏まえて正当だと判断されます。
しかし、事案によっては例外があることも覚えておきましょう。従業員側に深刻な責任があったときは、本採用拒否とされても自己都合での退職となります。
解雇という着地になった場合、必ず解雇予告をする
いくら正当な理由があったとしても、いきなり解雇するわけにはいきません。解雇の際は、解雇予告が必要です。解雇予告については、労働基準法の第20条の中で定められています。(※1)
解雇する際は、解雇予定日の30日以上前の段階でその事実と時期などを伝達しなければいけません。なお、予告した当日は日数に含まれていないので注意しましょう。
もし、事前の伝達ができないのであれば、解雇予告手当を支払う必要があります。(※2)解雇予告手当は、従業員の平均賃金から解雇予告が間に合わなかった日数を掛け算して求められます。
例えば、解雇予定日の15日以上前の段階で解雇について伝えた場合、解雇予告手当は以下のように求められます。
平均賃金×(30日-予告した次の日から解雇日までの日数)=解雇予告手当
企業は、試用期間中の従業員を解雇する場合、労働基準法にのっとった対応が可能かどうかも含めて検討する必要があります。
(※1)参考:e-Gov法令検索. 「労働契約法」
(※2)参考:厚生労働省. 「解雇には30日以上前の予告が必要です」
退職強要・パワハラなどの訴えに発展しないようにする
能力不足が原因で試用期間中や本採用拒否時に解雇を決めても、従業員側が受け入れないことも考えられます。正当な根拠があるのであれば、解雇を納得してもらえるように交渉が必要です。
しかし、交渉のやり方によっては従業員側が退職強要やパワハラを根拠に、逆に企業側を訴えてくる可能性もあります。複数人で協議したり交渉の内容を記録したりなど、協議を進める際は十分に注意しましょう。
試用期間中に能力不足を根拠に解雇する場合は注意が必要
試用期間中でも、能力不足を根拠に一方的に解雇することはできません。解雇の際は、客観的にみて正当と判断される根拠が必要です。
また、解雇に至らないように企業側が最善を尽くせたかどうかも重要です。十分な指導やサポートを行っていないと、不当解雇とみなされます。能力不足を理由に解雇させる際は、あらかじめルールを定めて就業規則に加えておく必要があります。
正当な根拠がない状況で解雇を告げると、トラブルに発展する恐れがあるため、注意しましょう。