「1,000年に一度」とも「数十年に一度」ともいわれるトンガの大規模噴火。
この噴火は人や環境、社会や経済にまで大きな影響を与えました。
ただ、「奇妙な噴火」とも言われています。
本記事ではそんなトンガの噴火に関して、詳細に解説していきます。
目次
100年に一度?1,000年一度?トンガの海底噴火とは
2022年1月15日日本時間午後1時頃、日本からおよそ8,000km離れたトンガの海底火山「フンガ・トンガ フンガ・ハアパイ」が噴火。その噴煙は気象衛星からも捉えられるほど巨大なものでした。
気象庁によると、噴煙は16kmにも達したとしています。また、アメリカ大気海洋局の衛生「GOES」の観測によると、噴煙の半径は最大でおよそ250kmにも及んでいます。
噴火のメカニズムに詳しい東京大学の藤井敏嗣名誉教授は、NHKのインタビューで、「世界で見ると、数十年に1回、あるいは100年に数回の規模の噴火だ」と語っています(※1)。その一方で、ニュージーランド・オークランド大学の火山学教授であるシェーン・クローニン氏は「今回の噴火はフンガトンガ・フンガハアパイ火山にとって1,000年に1度の出来事だと思われる」と述べています(※2)。
いずれにせよ滅多に起きることはない大規模な噴火だといえるでしょう。
※1「トンガの大規模噴火 火山学者にインタビュー」https://www.nhk.jp/p/nw9/ts/V94JP16WGN/blog/bl/pKzjVzogRK/bp/pNeRkRzrRo/
最終閲覧日:2022年2月25日
※2「トンガの大規模噴火、1000年に1度の現象」https://www.cnn.co.jp/fringe/35182249.html
最終閲覧日:2022年2月25日
広島の原爆よりも強力なトンガの海底噴火
トンガの海底噴火がどれほどの威力かというと、アメリカ航空宇宙局(NASA)は、トンガの海底噴火が第2次世界対戦中に広島に投下された原爆の何百倍もの威力があったと発表しました(※3)。
NASAゴダード宇宙センターの主任科学者ジム・カーヴィン氏は「噴火で放出されたエネルギーの量はTNT火薬4~18メガトンに相当する」(※3)としています。
さらに、今回の噴火では太平洋全域で津波が生じ、ソニックブームと呼ばれる衝撃波音は地球を2周しました。
※3 「Dramatic Changes at Hunga Tonga-Hunga Ha‘apai」https://earthobservatory.nasa.gov/images/149367/dramatic-changes-at-hunga-tonga-hunga-haapai
最終閲覧日:2022年2月25日
噴火によって消えた島
今回噴火した海底火山のフンガ・トンガ フンガ・ハアパイ火山は、もともとは山頂の一部だけを海面から覗かせた細長い2つの小さな島でした。そして2014年に起きた噴火で第3の島ができて、3つの島がつながったのです。
2021年12月にも噴火が起きており、火山岩と火山灰によって新しく土地が生まれて少しずつ島は大きくなっていました。しかし、2022年1月15日に起きた噴火はあまりに強力だったので、2014年以降にできた陸地はすべて破壊され、以前からあった2つの島もそのほとんどが消失しました。
噴火の影響は人口の8割以上に及ぶ
南太平洋の島国トンガの政府は、今回起きた海底噴火と津波によって人口10万5,000人のうち84%が噴火による被害や影響を受けているとしています。
噴火によって生じた津波はトンガの島々を飲み込み、海岸沿いの村や建造物が次々と破壊されました。
中でも被害が大きかったマンゴー島の62人は、家と所有物の全てを失ったため、ノムカ島に移ったとされています。
トンガの海底噴火が「奇妙」だと言われる理由
「今回の噴火は、全てが桁外れに奇妙です」
このように発言したのは、アメリカのスミソニアン協会のグローバル火山活動プログラムの火山学者ジャニーヌ・クリップ氏です(※4)。
トンガの海底噴火が「奇妙」だといわれる理由は、下記の2つが挙げられます。
- 予測より早い津波の到着時間
- 遠方の沿岸に押し寄せた津波の高さ
それでは1つずつ解説していきます。
※4「トンガ噴火は「桁外れに奇妙」、異常な巨大津波、少ない火山灰]https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/22/012300035/
最終閲覧日:2022年2月27日
予測より早い津波の到着時間
奇妙だとされる1つ目の理由は、津波の到着時間です。
今回のトンガの海底噴火では、カリブ海などの一部の地域では、通常の津波よりも遥かに早く津波が押し寄せたのです。
また、日本においても津波が予測よりも早く到達したことがわかっています。通常の津波の場合は、およそ8,000km離れた小笠原諸島の父島に到達するまで9時間ほどかか ると予測されていました。
しかし、実際に到達したのは噴火の7時間後であり、予測よりも2時間ほど早かったのです。
遠方の沿岸に押し寄せた津波の高さ
もう一つの理由は、遠方の沿岸に押し寄せた津波の高さにあります。
通常の津波であれば発生源から遠ざかるほど小さくなりますが、トンガの海底噴火では遠方の沿岸に押し寄せた津波が通常よりも高くなっていることがわかりました。
実際に、ニュージーランドの研究機関であるGNSサイエンスの化学学者であるジェフ・キルガー氏は「今回の津波は、太平洋全域での減衰が非常に少なかったのです。これは本当に珍しいことです」と語っています(※4)。
※4「トンガ噴火は「桁外れに奇妙」、異常な巨大津波、少ない火山灰]https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/22/012300035/
最終閲覧日:2022年2月27日
トンガの海底噴火による環境への影響
今回の海底噴火によって「またお米の生産量が減って令和の米騒動が起こるのではないか」とか「世界的な寒冷化が起こるのではないか」と懸念する声が上がっています。
「なぜ噴火でお米の生産量が減ったり寒冷化が起こるの?」
と疑問に感じるかもしれませんが、以前に一度、噴火によってお米の収穫量が減少したことがあるのです。
ピナツボの大噴火
1991年にフィリピンで起きたピナツボの大噴火は、今回のトンガの海底噴火に匹敵するほど大規模なもので、「20世紀最大規模」とされていました。実際、噴火の規模を示す火山爆発指数(0から8の9段階で8が最大)ではどちらも同じ6だとされています。
そして、ピナツボの噴火が起きた時、噴火の影響によって地球全体の平均気温がおよそ0.5度下がったとされています。その2年後には日本は日照不足に陥り、お米の生産量が減少しました。その結果、急遽タイなどからお米を輸入する事態になったのです。
噴火で寒冷化が起こる理由
なぜ、噴火で世界的な寒冷化が引き起こされるのでしょうか?
火山ガスの中には二酸化硫黄が含まれており、二酸化硫黄が地上から10kmから50kmの成層圏に達すると、化学反応を起こして「硫酸エアロゾル」という液体のつぶが生成されます。
この硫酸エアロゾルが太陽光を反射するので、数年もの間、地球に届く太陽光を弱めて平均気温を低下させるとされています。
成層圏にまで運ばれてしまうと落下しにくくなるため、長期間大気中を漂い、さらに影響が大きくなるのです。
京都大学名誉教授で火山学者の鎌田浩毅氏によると、ピナツボ噴火では二酸化硫黄がおよそ2,000万トンも放出されて成層圏に達し、滞留し続けた結果、地表に到達する太陽光の量を2.5%減らして寒冷化を引き起こしたとされています。
(参考:トンガ 大規模噴火と津波 何が起きたのかに迫る丨NHK)
トンガの海底噴火で寒冷化は起こるのか?
ここで気になるのは、今回のトンガの海底噴火で世界的な寒冷化が起こるのかどうかです。
気候変動と大気中のエアロゾルの関係に詳しい九州大学応用力学研究所の竹村俊彦主幹教授によると、アメリカ海洋大気局(NOAA)の人工衛星に搭載されたNASAのセンターの情報では、エアロゾルがある領域は最も高い場所で高度30kmに到達していたことがわかっています。
ピナツボ噴火では最高で高度40kmだったため、ピナツボ噴火ほどではないにせよ「成層圏にエアロゾルが達した可能性は高い」ということです。
しかし海外の専門家によると、噴火によって放出された二酸化硫黄の量は、ピナツボ噴火の50分の1ほどだったという解析も報告されています。これは、海底火山の噴火であるため、火山灰が水を含んでいたため高く飛び出さなかったことや、二酸化硫黄が海水に溶け込んだ可能性が考えられています。
(参考:トンガ火山噴火による気候変動の考察速報丨Yahoo!ニュース)
現段階では問題はない?
実際に、火山ガス観測に詳しいミシガン工科大学の火山学教授、サイモン・カーン氏は「二酸化硫黄の放出は40万トン程度」としています。
サイモン氏は、今回のトンガの海底噴火によって放出された二酸化硫黄の量は地球の平均気温に影響を与えるものではなく、影響を与えるには少なくとも500万トン必要だとしています。
また、火山噴火と気候変動に詳しい東北大の海保邦夫名誉教授も、現時点では成層圏の二酸化硫黄は少なく、硫酸エアロゾルによる気候への影響はほとんどないとしているため、現段階では問題はないと考えて良いでしょう。
(参考:
トンガ噴火は日本に「令和の米騒動」引き起こすか? 米教授が指摘する“圧倒的に少ない”物質とは(1/2)〈dot.〉 | AERA dot. (アエラドット) (asahi.com))
カーボン・ニュートラルにも影響?
トンガの海底噴火による気候への影響は少ないとしても、脱炭素やカーボン・ニュートラル(温室効果ガスの排出量実質ゼロ)に影響を与える可能性があります。
脱炭素社会やカーボン・ニュートラルを目指すのは地球の平均気温が上がり続けているためですが、一回の大噴火による寒冷化で状況が一変するかもしれません。
例えば、19世紀最後の数十年間が寒かったのは、強力な噴火が立て続けに起こったことが原因ではないかと考えられています。
しかし20世紀に入ってからは大規模な噴火が減り、噴火によって地球の平均気温が下がらなかったので、20世紀後半に温暖化が加速した可能性もあるのです。したがって、現在推し進められている脱炭素やカーボン・ニュートラル政策が、噴火によって影響を受ける可能性は否定できません。
(参考:トンガ噴火は世界的な寒冷化を引き起こす可能性もある丨Yahoo!ニュース)
トンガの海底噴火による経済への影響
ここまで、トンガの海底噴火による環境への影響を見てきましたが、経済にはどのような影響を与えているのでしょうか?
岩手県ではトンガの海底噴火で生じた津波で、4,892万円の水産被害を被りました。その内訳は大型定置網の破損など漁具被害がおよそ3,000万円、カキやホタテガイなどの養殖施設被害がおよそ800万円、カキやホヤの水産物被害がおよそ900万円でした(※5)。
また、鹿児島県の南種子町では養殖していたブリの稚魚が大量死しています。噴火で生じた津波でいけすが揺さぶられ、魚同士の接触や網と擦れ合って傷ついたことが原因とされています。総被害額は少なくとも3,000万円以上とのことです(※6)。
このように、日本では主に漁業に大きなダメージを受けていますが、その影響は日本に留まらず世界の食糧市場にも影響が広がっています。
※5 「トンガ噴火津波 当初発表から大幅減 県内の水産被害 約4900万円<岩手県>」
※6 「養殖ブリの稚魚大量死 トンガ噴火の潮位上昇影響か 鹿児島・種子島」
小麦や砂糖の先物価格の上昇
上記で見たように、トンガの海底噴火による世界的な寒冷化が起こる可能性は低く、お米の生産量が低下する心配は少ないとされています。しかし、実際に寒冷化が起きないかどうかは半年から2年ほど経たなければわかりません。
さらに、広範囲にわたる「変色水(※75)」の流出が続いているため、今回の噴火は完全に終わったわけではないと言えます
このような不安材料があるため、食糧市場も警戒心を解いていません。1月14日から27日の2週間で、アメリカの小麦先物の3月限の価格はおよそ6%、シカゴコーン先物はおよそ4.6%、大豆先物はおよそ5.6%と値上がりを見せています。
※75 「変色水」とは、火山活動によって熱水や火山ガスが海中に放出されることで色が変わる現象のことです。
トンガの海底噴火は食糧問題につながる?
トンガの海底噴火で心配されているのが食糧問題です。
ブラジルやコロンビアのコーヒー豆、アルゼンチンの大豆、、ニュージーランドの乳製品、オーストラリアの牛肉などへの被害も予想されています。
資源・食糧問題研究所の柴田明夫氏は、「世界の穀物トータルで見ればここ6年ほど記録的豊作ですが、人口増大や異常気象といった要素を抱えるなか、世界各国は食糧の囲い込みに動いており、世界の食糧市場は一段と不安化している。」といいます。
このような状況下で、今回のトンガの海底噴火によって世界的な寒冷化に陥ると、食糧の偏在や価格の高騰が起きる可能性が高いでしょう。
(参考:トンガ噴火で食料危機の真相。お米やマグロにも影響大丨Yahoo!ニュース)
グローバル経済には影響はないとの声も
山東省にある聊城大学太平洋島国研究センターの趙少峰(ジャオ・シャオフォン)教授は、トンガの海底噴火がグローバル経済に深刻な影響を与えることは考えられないとしています。
まずトンガの位置する太平洋の海上輸送ルートは比較的広く、世界的な水上輸送ネットワークにおいてはスエズ運河のような重要性は持っていません。また、トンガは原油や鉱物資源などの重要な資源を生産しておらず、国際市場に影響力を持っていないことがその理由です。
ただ、今後も噴火が続く場合は、吹き出した火山灰がインド洋の北部に拡散し、インドやインドネシアなどの国で気候変動が生じ、現地の経済に影響が出る可能性はあるといいます。
(参考:トンガの海底火山噴火、経済への影響は?―中国メディア丨exciteニュース)
まとめ
ここまでトンガの海底噴火に関する基本的な知識と、環境や経済に対する影響を見てきました。
1,000年に一度ともいわれる規模の噴火であるため、これから数年かけて少しずつ世界に影響を及ぼしていくことが予想されます。
過去にもたった一度の噴火で食糧不足に陥ったことがあるため、今回も気を抜かずに状況を注視していく必要があるでしょう。