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働くことで成長するということは「理不尽」の裏側を知ることなのだ。

働くことで成長するということは「理不尽」の裏側を知ること

多くのビジネスパーソンが、一度や二度は上司や上役の理不尽さに、カッときたことがあるのではないだろうか。

提案が却下された時や、仕事に失敗し厳しく指導された時、どうしても休みたい時に休ませてくれなかった時など、その理由はきっと人それぞれのはずだ。

筆者自身何度もあるが、そんな中で一生忘れられない、ある想い出がある。

 

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理不尽を感じた事例

それは、ある会社で経営企画担当の取締役をしていた時の話だ。

その会社では元々、IPO(株式の新規上場)の担当として取締役に就いたのだが、残念ながら業績が伸びずにやがて事業の継続すら危ぶまれる状況に陥った。

そのため、途中からはターンアラウンド(事業再生)が主な職責になり、経費削減、運転資金見合いの増資、リスケ(リスケジュール:借入返済の繰り延べ)など、およそ考えうる全ての方策を実施することになる。

従業員の給与削減にも手を付けるなど、およそ優秀なターンアラウンドマネージャーとは程遠い仕事ぶりであったが、事業を立て直す事ができれば必ず、従業員にも報いることができる。
その思いだけで仕事を進めていた。

しかし、現預金残高がいよいよ切羽詰まり、残された手段はもはや事業売却しかなくなった。
会社を分割して安定収益が期待できる事業部門をキャッシュ化することを考えた。

その時の事業構成は

・IPOに至る可能性のある先進的なベンチャー事業だが大赤字の部門
・先細りではあるが安定して数億円の経常利益がある部門

の2つだった。

このうち、下の安定事業を売却して当面のキャッシュを確保し、ベンチャー事業を採算ベースに乗せる時間を稼ぐことが、当時考えた青写真だった。

早速、複数のM&A仲介会社を通じビッド(競争入札)で買い手を募る。

応札した企業がいくつかあり、従業員の雇用や賃金水準の維持、取引先との取引条件の継続など様々な条件を突きつけあった結果、最終的な入札には2社が残ることになった。
最終的な提示額は以下の通り。

A社12億円
B社8億円

なおこの際、B社の8億円の内訳は買収相当額5億円、残りの3億円を転換条項付社債で本体に貸し付けるという条件付きでの提示であった。

どちらが良いのかは明らかだ。
この2つの条件は全く比べ物にならない。

直接の買収額だけでなく、転換条項付社債は、エクイティを理解している者なら誰でもわかるであろう「毒まんじゅう」だ。

その意図は本体の経営権も握ることであり、うまそうに見えても喰ったら死ぬ。

そのため筆者は、それぞれの入札意図から推測される事実を経営トップに説明し、A社を選ぶことを求めた。

だがしかし。

驚いたことに、最終的に経営トップが選んだのは、B社だった。

当然、強く翻意を迫り、絶対にB社を選んではいけないことを様々な言葉で説明したが、経営トップの意思は全く変わらなかった。

これが、筆者が一生忘れないであろう、ビジネスパーソン人生で最も無念であった瞬間であり、
「本気で人を殴りたい」
と考えた瞬間だった。この先のビジネスパーソン人生でも、この時ほどの怒りを感じることは、きっと二度と無いだろう。

では、なぜトップは、理不尽にもB社を選択したのだろうか?
私は、その理由をずっと探し求めた。

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トップが理不尽にもB社を選択した、真の理由

 

ここで紹介したい本がある。

1995年にダイヤモンド社から初版が出版され、行動心理学の観点から営業のロジックを説いたニールラッカム氏の著による、「SPIN式販売戦略」という本だ。

副題が「売上が驚くほど伸びる」であり、率直に言って怪しいことこの上ない。
そもそも、「~式戦略」「~流営業術」などというタイトルの本は、だいたいあてにならない。
そのほとんどが著者の経験値から導かれた結論で、信頼に足る裏付けを伴わない独善的なロジックのものが多いからだ。

しかしこの本では、世に知られた様々な営業手法を十分なサンプルで実践し、その中から、商談ごとに成功率を調査し、有効性を証明するという手法を用いていた。

そして小型商談から大型商談まで、どのようなケースでどのようなアプローチが有効であるのかを定量的に証明し、いわば最大公約数としていいとこ取りをしている。
そしてその結果、生まれた考え方にSPIN式販売戦略と名付けていた。

その内容は説得力のあるものではあるが、大きくはたった2つの趣旨だ。
1.顧客のニーズとウォンツに正しくアプローチすること
2.ニーズやウォンツを顧客に自ら語らせること
そして、それを実現するための手法について説明する内容になっている。

1については、特段の説明はいらないだろう。
顧客のニーズやウォンツを聞き出すこと無く、自分が売りたいものをいくら必死になって売りつけようとしたところで、顧客は買ってくれるものではない。
小型商談で、捨てても良いような金額の消耗品であれば「厄介払い」の意味を含めて買ってくれることもあるかも知れないが、大型商談ではまず通用しない。
当たり前のことのはずなのだが、仕事ができない営業担当者はだいたいここで躓く。

だが、2については、未熟極まりないビジネスパーソンであった筆者には、本当に目からウロコであった。
なぜなら「営業は話を聞け」という常識を真っ向から否定しているからだ。

相手のニーズやウォンツを聞き出せたところで、その問題解決に資する商品をプレゼンしても、やはり売れるものではない。

なぜか。

売り手側が必死になればなるほど、買い手側はその反作用としてデメリットを語るようになるからだ。
「良いものであることはわかるけど~」
「でも、他社の○☓に比べると性能が劣るよね?」
と言った具合である。

このような会話にいくら反論をしても、顧客側には次々にネガティブな思考回路だけが積み上がっていく。
そして最終的には、
「良いと思うけど、少し考えさせて」
という、決り文句のお断りを受けることになる。

商談は金額が大きければ大きいほど、そのメリットや効用を売り手側から語ってはいけない。
相手からその商品やサービスを購入するメリットを語らせて、「自分の意志として」選択し決めたように“錯覚”させなければならない。

これは何も珍しい考え方ではなく、私たちの日常でも、スーパーやコンビニの陳列棚にすら用いられているお馴染みの手法だ。

顧客は自分の意志でその日の食事を選択しているようで、多くの場合、お店側の巧みなマーケティングやレイアウト技術の思惑に従ってしまっている。

そして満足し、「自らの意思で」数ある商品の中から購入する何かを意思決定するのだ。

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私が最低のNO.2であったことにやっと気がつくことができた

 

翻ってみて、「人生で一番の怒りを感じた」経営トップの、理不尽な意思表示についてだ。

確かにあの時、私のボスが示した意思表示は賢明なものとは言えない。
100人の経営者がいれば、99人はA社の12億円を選んだだろう。

ではなぜ、私のボスはB社の8億円を選んだのだろうか。
実はその時、B社からは書面には載らない口頭レベルの約束で、
「うちを選んでくれたら、キャッシュフローが安定するだけの新規発注を継続して出します」
という“条件提示”があった。
もちろんあてになるものではなく、考慮の外だ。
しかし私のボスは、その条件を信じた。

なぜか。
既に長年に渡り、傾いた経営の中で必死に会社を経営してきた結果、心身ともに疲れ切っていたからだ。

そして、仮に12億円のまとまったキャッシュが入ったところで、結局これも全て溶かしてしまうのではないか。
であれば、ストックではなくフローで安定させてくれる条件こそが、今の自分には一番魅力的な条件だと、おそらくそう考えたからだろう。

そして本当に、B社に子会社を売却する意思決定を下した。
その後、親会社もB社の傘下に入ったと聞いている。

結局のところ、私は会社のNo.2でありながら、

1.顧客(ボス)のニーズとウォンツに正しくアプローチすることすらできていなかった。
ボスの一番近いところで会社を支えていたにも関わらず、その心情すら理解できていなかった。

2.ニーズやウォンツを顧客(ボス)に自ら語らせることもせずに、必死になって「売却先はA社にすべきだ」と、そのメリットだけを喚き続けた。つまり、顧客(ボス)のニーズを理解せず、さらにニーズに合わない商品を必死に勧めていたことになる。

これでは、私の意見は却下されて当然だろう。

客観的に見て、あの時のM&Aは間違いなくA社と進めるべきであったと今も信じている。

しかしながら、

「俺の言うことが正しい」
「だから俺の言う通りにしろ」

と言い続けた私が経営トップに誤った決断をさせてしまったと、今では心から悔やんでいる。

人生で一番の怒りを感じたボスとの確執だったが、今ではその理不尽は成長の糧となっている。

働くことで成長するということは「理不尽」の裏側を知ることなのだ。

 

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