ビジネス環境の変化が激しい現代においては、自社に最適な組織形態を採用することが、今後さらに重要になっていくでしょう。
その際の選択肢の1つとして注目されているのが「マトリクス組織」です。
ここでは、マトリクス組織の基本的な知識やメリット・デメリット、他の組織形態と異なる点を解説していきます。
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マトリクス組織とは
マトリクス組織は、事業別や地域別、機能別、製品別といったいくつかの軸をもとに編成される形態の組織です。
例えば「地域別組織と機能別組織」といった2つの軸を格子状に掛け合わせ、両者のメリットを得ることを目指します。これにより、一人の従業員がいくつかの部署に属することになり、同時に2つ以上の目的の達成を目指せます。
配属される従業員は機能別の部署(例えばマーケティング部)と地域別の部署(例えば関西地方)に両方に所属する、ということになります。
この結果、それぞれの部署の上司に従うことになるので、マトリクス組織では一人の従業員が複数人の上司を持つことが特徴です。このように、従業員にいくつかの指揮系統を持たせることで、環境の変化に最適な業務ができるようになります。
したがって、「事業部制組織と職能別組織のメリットをかけ合わせたハイブリッド」と言われることもあります。
マトリクス組織は近年のビジネス環境に適していると考えられており、注目が集まっていますが、どのような組織にも最適な組織形態というわけではありません。また、運用が難しいため、採用を考えている場合は慎重に検討しましょう。
マトリクス組織が生まれた経緯
企業がこれまで用いてきた組織形態はいくつもあります。最も一般的なものは、指揮系統が単一で、組織の上から順に指示が下っていく組織形態である「ピラミッド型組織」です。
このタイプの組織のメリットとしては、指示や命令が迅速に組織全体に行き渡るということが挙げられます。しかし一方で、経営者が発した情報が組織の下に伝わっていく段階で、内容が変質し、誤解のもととなる危険性がある点がデメリットでした。
ここで脚光を浴びたのがマトリクス組織です。そもそもマトリクス組織が企業の組織形態に用いられるようになったのは、1960年代にアメリカ航空宇宙局(NASA)によるアポロ計画がきっかけでした。
アポロ計画ではいくつかのプロジェクトが同時進行しており、職能別組織にプロジェクトチームが横断するように構成され、一つひとつのプロジェクトにマネージャーを置くという組織構成でした。
「導入するだけでどのような環境にも適応できる」と考えられ、マトリクス組織のメリットだけが独り歩きしていき、1970年代以降、マトリクス組織を採用する組織が増え続けましたが、うまくいかない事例が続出したのです。
原因は、運用する難しさを考慮せずに採用したために、本社のマネジメントが追いつかなかったことだとされています。
また、日本ではトヨタが2016年にマトリクス組織を採用したことで、注目を集めました。
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マトリクス組織には下記のように3つのタイプがあります。
- バランス型
- ウィーク型
- ストロング型
それぞれには異なる特徴がありますが、最も異なる点として挙げられるのは、リーダーを選ぶ方法です。
それでは1つずつ解説していきます。
バランス型
バランス型では、プロジェクトの責任者やマネージャーを、プロジェクトの構成員のなかから採用します。後に解説するウィーク型にはリーダーとなる人物はいないので、この点が大きく異なるでしょう。
バランス型ではプロジェクトを俯瞰して判断できるリーダーや責任者がいるので、全体をみて経営資源の調整をすることができます。また、このリーダーは他のメンバーと同じように一般的な業務もするため、現場がどのようになっているのかを把握することが可能です。
この結果、的確な指示や判断が可能になり、現状に最適な運用ができるのがメリットです。しかしその一方で、リーダーとしての業務と通常業務を同時に行わなければならないため、兼任者に負担が集中しやすくなるというデメリットもあります。
したがって、負担を緩和するための措置やサポートを周囲がしていく必要があるでしょう。
ウィーク型
上記で少し触れましたが、ウィーク型ではプロジェクトのリーダーやマネージャーを置かないのが大きな特徴です。したがって、プロジェクトの構成員がそれぞれ自分で考えて動いていく形態なので、迅速にプロジェクトを進めていくことができます。
この結果、何か問題が起こったり、環境が急激に変わったとしても適切な対応がしやすい点がメリットです。ウィーク型のメンバーが能力のある人材であれば、効率的に業務を進められるでしょう。
ですが、リーダーがいないことによって、下記のようなデメリットが生じてしまいます。
- 指示系統やメンバーの関係性が曖昧になる
- メンバーの仕事がどこまで進んでいるのかが把握できなくなる
- 効率的なリソースの調整が難しくなる
重要なことは、それぞれのタイプのメリットとデメリットを把握して、適切に使い分けることでしょう。
ストロング型
マトリクス組織のタイプにはバランス型、ウィーク型、そしてストロング型が存在します。ストロング型はウィーク型とは対照的で、マネジメントを専門とするマネージャーをプロジェクトごとに採用する形態です。
プロジェクトマネージャーには大きな権限が与えられるため、マネージャーは明確な指示をだしてプロジェクトを進めていきます。この結果、プロジェクト進行がシンプルになり、メンバーは業務に集中できるようになるというメリットがあります。
ウィーク型ではリーダーとなる人物がいないため、メンバーが自分で意思決定しながら業務を進めますが、自由度が高いということはそれだけ責任や負担もかかるということです。そして、バランス型ではメンバーのなかから責任者を採用しますが、通常の業務もしなければならないためこちらも負担がかかります。
そこでストロング型であれば、マネジメントが専門のマネージャーがつくため、メンバーの負担が軽くなります。
このように良いことだらけのように思えるストロング型ですが、マネジメントの専門家となれる人材が必要であったり、マネジメントの専門チームを新しくつくらなければなりません。したがって、規模の小さい組織や経営資源が足りない組織においてはコストがかかりすぎるため、ストロング型は向いていないでしょう。
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組織形態にはいくつか種類があり、マトリクス組織以外にもプロジェクト型組織や職能型組織といった形態があります。
ここではそれぞれの特徴について解説していきます。
職能型組織とは
販売や営業、人事といった事業に必要な機能でわけて、組織のトップの下に設置する仕組みを「職能型組織」といいます。これは従来から用いられてきた組織形態です。
一般的に広く用いられており、機能ごとに知識やノウハウが蓄積されるため、高度なスキルをもった人材を育てられることや、指揮系統がシンプルで組織として方向性がブレにくいという点がメリットです。しかし、責任の所在が不明確になりやすいといったデメリットもあります。
プロジェクト型組織とは
プロジェクトごとにチームをつくって編成される組織形態がプロジェクト型組織です。
それぞれのプロジェクトでチームが設けられるため、プロジェクトが終わると同時にチームも解散となります。メリットととしては効率的な業務ができることや、専属のマネージャーが設置されること、責任の所在が明らかになるなどが挙げられます。
しかし、チームで培った知識やノウハウが組織の経営資源として蓄積できないことや、他のプロジェクトとのコミュニケーションが希薄になるという点がデメリットです。
マトリクス組織を用いるメリット
マトリクス組織は上記2つの組織をかけ合わせたような組織形態であり、それぞれの特徴を持っています。したがって、両者にあるデメリットを減らすことができるのです。
マトリクス組織のメリットが下記の3つです。
- 商品やサービスの品質が上がる
- 従業員の能力を高められる
- 経営者の負担が減る
それでは1つずつ解説していきます。
商品やサービスの品質が上がる
マトリクス組織にすると、一人の従業員が複数の部署と横断的にコミュニケーションしながら仕事を進めていくため、スムーズに業務をこなせるようになります。また、自分が扱う仕事を俯瞰しながら業務に取り組めるため、メンバーと足並みを揃えることにもつながります。
例えば、1つの商品を扱うよりも、いくつかのジャンルの異なる商品を扱っている方が、売れる商品の特徴や傾向などを理解することが可能です。その結果、それぞれの商品に対して改善点を見つけることができるでしょう。
従業員の能力を高められる
マトリクス組織ではいくつもの事業やエリア、ジャンルの仕事に取り組むことで、さらに広い視野を持つことができるため、人材の育成にも最適です。仕事に対する見方が多角的になるため、パフォーマンスを最大限引き出せるようになるでしょう。
個々の従業員の能力が高まることで、組織力の向上につながります。
経営者の負担が減る
マトリクス組織においては、マネージャーに権限が委譲されるので、経営者の負担を減らすことができます。
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マトリクス組織のデメリットは、ほぼ「指示系統が2つあること」に起因しています。
そのデメリットが下記の3つです。
- 従業員にとってストレスになる
- 非効率的になりかねない
- 権力関係が曖昧になる
それでは1つずつ解説していきます。
従業員にとってストレスになる
マトリクス組織では、上司やリーダーが2人いることになるため、従業員にとっては2人の上司に気を使うことになります。これは、精神的な負担が増えることにつながるでしょう。
リーダーが2人とも協力関係にあるのであれば良いですが、2人が対立しているケースもあるため、従業員が精神的な不調を抱えることになるかもしれません。したがって、そうならないためのケアが求められます。
非効率的になりかねない
うまく運用することができれば業務効率化ができるマトリクス組織ですが、場合によっては返って非効率的になりかねない点がデメリットです。
指揮命令系統が2つ存在することによって、2つの相反する命令がでたり、指示が煩雑化して問題が生じるリスクが高くなります。これにより、業務が非効率的になりかねません。したがって、指揮命令者はお互いにコミュニケーションをとりながら意思決定をしていく必要があります。
権力関係が曖昧になる
一人の従業員が2人の上司やリーダーのもとで動くことになるため、ときにはリーダーの指示が矛盾や対立することがあります。その際に従業員は、どちらの指示を優先するべきかわからなくなってしまうでしょう。つまり、権力関係が曖昧になるため、トラブルの原因となるのです。
また、ウィーク型のマトリクス組織では、リーダーすら存在しないため、従業員それぞれが自分で意思決定しながら動いていかなければなりません。環境の変化に柔軟に対応できることが強みでもありますが、誰かの指示にしたがって動いているわけではないため、連携が難しくなることがデメリットです。
マトリクス組織で失敗しないためのポイント
マトリクス組織を運用していく際に失敗しないためのポイントは、下記の2点です。
- 一部のメンバーに仕事が集まらないように監視する
- 2つの指示系統が矛盾しないようにチェックする
それでは1つずつ解説していきます。
一部のメンバーに仕事が集まらないように監視する
マトリクス組織では一人が複数の部署に所属し、二人の上司にしたがって動くため、どうしても一部のメンバーに仕事が集まってしまいがちです。
仕事が集中していることを見過ごしてしまうと、一部のメンバーが過剰な負担を抱えてしまい、パフォーマンスの低下や体調不良につながってしまいます。
したがって、負担が一部に集中しないようにする仕組みを構築することが求められます。
2つの指示系統が矛盾しないようにチェックする
上記で解説したデメリットで見たように、マトリクス組織のデメリットは2つの指示系統があることに起因します。
したがって、2つの指示が矛盾したり、トラブルの原因とならないようにチェックする必要があるでしょう。
まとめ
マトリクス組織はうまく運用できれば、非常にメリットの多い組織形態です。しかし、その分注意点も多く、うまく扱うことができなければ返って非効率的な組織となってしまうのです。
したがって、導入するのであれば、自社に最適な組織形態かどうかを入念にチェックしたうえで、適切な運用をしていく必要があります。
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