下請法とは、下請取引における「優位的地位の濫用」を防ぐことを目的に制定された法律です。
近年、下請法違反が相次いで発覚し、企業コンプライアンスの観点からも同法律への注目度が高まっています。
仮に違反が発覚し、公正取引委員会から勧告を受けると企業名が公表されるため、社会的信頼の失墜は避けられません。
このような事態を防ぐには、組織的な取り組みが不可欠です。
本記事では下請法で親事業者に定められている義務や禁止事項、違反しないためにできる取り組みを解説します。
違反を未然に防いでコンプライアンスを強化し、社会的な信頼を維持しましょう。
目次
下請法は「不当な取引を防止する」法律
下請法の正式名称は「下請代金支払遅延など防止法」と言い、仕事を発注する「親事業者」が仕事を引き受ける「下請事業者」に仕事の全部、または一部を発注する際、不当な取引を防止するための重要な法律です。
下請法では、取引内容を記載した書面の作成義務や、支払い代金の遅延の禁止などが定められています。
こうした法律が生まれた背景にあるのは、下請業者の立場の弱さです。
発注側に当たる親事業者と下請業者では、下請業者がどうしても弱い立場になることで、不当な買いたたきや支払い遅延が起こりがちです。
下請法は、主に中小企業者や個人事業主である下請事業者を、こうした不当な取引から保護するために存在します。
下請法の対象となる取引
下請法の対象となる取引は大きく分けて以下の4つです。
- 製造委託
- 修理委託
- 情報成果物作成委託
- 役務提供委託
順に解説します。
1.製造委託
製造委託とは、物品の販売、または製造を請け負っている事業者が、完成イメージや規格を指定して他の事業者に物品の製造や加工などを委託することです。
例えば自動車メーカーが自社で設計した部品を、専門の部品メーカーに製造依頼するケースや、アパレルメーカーが自社でデザインした服を社外の縫製工場に委託する場合などが挙げられます。
なお、家屋などの不動産は対象に含まれません。
2.修理委託
修理委託とは、物品の修理を請け負っている事業者が、その修理の全部、もしくは一部を他の事業者に委託することです。
例えば、家電メーカーが請け負った製品修理を他の業者へ、自動車ディーラーが受け付けた車の修理を板金業者や整備工場へ委託するケースなどが挙げられます。
3.情報成果物作成委託
情報成果物作成委託とは、ソフトウェアや映像コンテンツ、各種デザインなどの情報成果物の提供や作成を行う事業者が、他の企業に作成を委託することが挙げられます。
例えば、Webサイト制作会社がサイトのデザイン部分を外部のデザイナーに委託する場合なども、これに該当します。
4.役務提供委託
役務提供委託とは、運送やビルメンテナンスなどの各種サービスの提供を請け負った事業者が、役務の提供を他の事業者に委託することです。
例えば運送会社が請け負った配送業務の一部を他の運送企業へ、またビルメンテナンスを請け負った会社が、ビルの清掃業務を清掃会社へ委託するケースなどが挙げられます。
なお、建設業を営む事業者が請け負う建設工事は、下請法の対象外となります。
親事業者と下請事業者の定義
下請法が適用される親事業者と下請事業者は、取引の内容と資本金額によって以下のように分けられます。
取引内容 | 親事業者の資本金 | 下請事業者(個人を含む)の資本金 |
・物品の製造委託 ・修理委託 ・情報成果物作成委託 (プログラム作成) ・役務提供委託 (運送・物品の倉庫における保管および情報処理) | 3億円超 | 3億円以下 |
1,000万円超3億円以下 | 1,000万円以下 | |
・情報成果物作成委託 (プログラム作成を除く) ・役務提供委託 (運送・物品の倉庫における保管および情報処理を除く) | 5,000万円超 | 5,000万円以下 |
1,000万円超5,000万円以下 | 1,000万円以下 |
下請法が適用されるかは、「取引内容」と「両社の資本金区分」の2つの条件で決まります。
自社の取引が該当するか、正確に確認することが重要です。
下請法における親事業者の4つの義務
下請法では、親事業者に以下の4つの義務を定めています。
親事業者の義務 | 概要 |
書面の交付義務 | 発注の際は、ただちに3条書面を交付する |
支払期日を定める義務 | 下請代金の支払期日を給付の受領後60日以内に定める |
書類の作成・保存義務 | 下請取引の内容を記載した書類を作成し、2年間保存する |
遅延利息の支払義務 | 支払が遅延した場合は遅延利息を支払う |
順に解説します。
1.書面の交付義務
口頭での発注は、後々、認識の違いや発言有無などのトラブルをまねく可能性があります。
そうしたトラブルを防ぐため、親事業者は発注の際に、その内容(委託の内容や役務が提供される期日、支払金額、支払期日など)を書面または電子メールなどの電磁的方法により明示しなければならないと定めています。
なお、電話など口頭での伝達は認められない点に注意が必要です。
2.支払期日を定める義務
下請法では代金の支払期日についても親事業者の義務のひとつとして定めています。
親事業者は下請事業者との合意のもとに、検査するかを問わず、発注した物品等を受領した日から起算して60日以内のできる限り短い期間内で、代金の支払期日を定めなくてはなりません。
3.書類の作成・保存義務
下請取引が完了した際には、親事業者は業務の具体的な成果物や受領日、下請代金の額、支払期日など、取引の内容を記載した書類を記録として作成し、2年間保存することが義務付けられています。
4.遅延利息の支払義務
親事業者が支払期日までに代金を支払わなかった場合、受領した日から起算して60日を経過した日から実際に支払いが行われるまでの期間、その日数に応じて下請事業者に対して年率14.6%の遅延利息を支払わなければなりません。
なお、これは発注した物品等を受領した日から起算して60日以内のできる限り短い期間内で支払うことを大前提としています。
遅延利息を支払えば支払いを遅らせてよい、というわけではない点を厳しく認識しておく必要があります。
下請法における親事業者の11個の禁止事項
下請法では、親事業者に以下の11個の禁止事項を設けています。
親事業者の禁止事項 | 概要 |
受領拒否 | 注文した物品等の受領を拒むこと |
下請代金の支払遅延 | 下請代金を受領後60日以内に定められた支払期日までに支払わないこと |
下請代金の減額 | あらかじめ定めた下請代金を減額すること |
返品 | 受け取った物を返品すること |
買いたたき | 類似品等の価格または市価に比べて著しく低い下請代金を不当に定めること |
購入・利用強制 | 親事業者が指定する物・役務を強制的に購入・利用させること |
報復措置 | 下請事業者が親事業者の不公正な行為を公正取引委員会または中小企業庁に知らせたことを理由としてその下請事業者に対して、取引数量の削減・取引停止等の不利益な取り扱いをすること |
有償支給原材料等の対価の早期決済 | 有償で支給した原材料等の対価を、当該原材料等を用いた給付に係る下請代金の支払期日より早い時期に相殺したり支払わせたりすること |
割引困難な手形の交付 | 一般の金融機関で割引を受けることが困難であると認められる手形を交付すること |
不当な経済上の利益の提供要請 | 下請事業者から金銭、労務の提供等をさせること |
不当な給付内容の変更および不当なやり直し | 費用を負担せずに注文内容を変更し、または受領後にやり直しをさせること |
順に解説します。
1.受領拒否
下請事業者に責任がないのにもかかわらず、発注した物品等の受領を拒否することは禁止されています。
2.下請代金の支払遅延
親事業者は物品等を受領した日から起算して60日以内に下請代金を全額支払わないことを禁止しています。
たとえ検収に日数がかかる場合でも、受領後60日以内に支払わなければ支払遅延となります。
3.下請代金の減額
下請事業者に責任がないのにもかかわらず、発注時に決定した下請代金を発注後に減額することを禁止しています。
4.返品
下請事業者から納入された物品を、親事業者が受領後に返品することを禁止しています。
ただし、その物品が明らかに不良品であるなどの瑕疵があれば、受領後6か月以内に限って返品が認められます。
5.買いたたき
親事業者が、同種または類似の物品・サービスの市価と比べて、著しく低い価格を一方的に定めることは「買いたたき」として禁止されています。
6.購入・利用強制
親事業者が、下請事業者に発注した内容を維持するためなどの正当な理由がないのにもかかわらず、親事業者が指定する物やサービスを下請事業者に購入させることは禁止されています。
7.報復措置
下請事業者が、親事業者の下請法違反行為を公正取引委員会または中小企業庁に知らせたことを理由として、親事業者がその下請事業者に対して取引の停止や削減などの不利益な取り扱いをすることは禁止されています。
8.有償支給原材料等の対価の早期決済
親事業者が有償で支給する原材料などを使って下請事業者が物品の製造などを行っている場合、その物品が使用された物品に対する下請代金支払日よりも早く、原材料などの対価を支払わせることを禁止しています。
9.割引困難な手形の交付
親事業者が下請事業者に対して下請代金を手形で支払う場合、支払期日までに銀行や信用金庫など、一般の金融機関で現金化することが困難な手形を交付すると、下請法違反となります。
10.不当な経済上の利益の提供要請
親事業者が、下請事業者に対して自己のために金銭や役務、その他経済上の利益を提供させることにより、下請事業者の利益を不当に害すると下請法違反になります。
なお、これには協賛金の徴収や従業員の派遣などの要請が当てはまります。
11.不当な給付内容の変更および不当なやり直し
親事業者が、下請事業者に責任がないのにもかかわらず、発注の取り消しや内容の変更、追加作業を行わせる場合、下請事業者が作業に当たって負担する費用を親事業者が負担しないことは禁止されています。
下請法に違反した場合に起こること
公正取引委員会や中小企業庁は、違反行為の有無を確認するために定期調査や立入検査などを行っています。
ここでは、万が一違反行為があった際の罰則について解説します。
勧告・指導
親事業者が下請法に違反した場合、公正取引委員会は、その行為の是正や再発防止策を講じるよう勧告することができます。
勧告の対象となった企業名と違反内容は原則として公表され、公正取引委員会の「下請法勧告一覧」から誰でも確認できる状態になります。
50万円以下の罰金と課徴金
親事業者が発注内容等の書面または電磁的方法による明示や、取引内容を記載・記録した書類または電磁的記録の作成・保存義務に違反した場合など、最高50万円の罰金が科されます。
社会的信頼の失墜
勧告を受けると、企業名や違反の内容が公表されます。
該当すると社会からの信頼を失う可能性がある他、内容が悪質である場合、企業のイメージが低下して経営危機に陥る可能性があるでしょう。
違反が起こらないように十分に注意しなければなりません。
下請法に違反した事例
下請法に違反しないためには、実際に勧告を受けた例を学び、自社で起こらないように回避する必要があります。
ここでは、下請法の違反事例を紹介します。
返品の禁止に違反した事例
鉄鋼、非鉄金属などを扱う大手専門商社が、自社が販売する金属製品等の製造を下請事業者に委託している流れで違反が起きた事例です。
下請事業者から商品を受領した親会社は、その商品の品質検査を行っていないにもかかわらず、瑕疵があるとして令和5年2月から令和6年4月までの間、当該商品を引き取らせていました。
下請事業者19名に対する下請代金相当額は総額1434万5140円にものぼっています。
これらに対して勧告が行われ、令和7年1月31日に、親事業者は下請事業者に対して返品した商品の下請代金相当額を支払いました。
取引条件の明示義務・期日における報酬支払義務に違反した事例
総合出版社が、業務を委託する事業者191名に対して違反をしていた事例です。
同社は令和6年12月1日から同月31日までの間に、給付の内容や報酬額、支払期日を書面または電磁的方法により明示しませんでした。
また、これらの取引の際に当該事業者の給付を受領した日または当該事業者から役務の提供を受けた日までに報酬を支払いませんでした。
これについて勧告を受け、取引内容の明示や支払期日までの報酬支払について、自社の役員および従業員に対して事業者間取引適正化等法の研修を行うなど、社内体制の整備のために必要な措置を講じることが求められました。
下請法違反を防ぐために企業が行うべき対策のポイント
下請法違反による勧告や社会的信頼の失墜を防ぐためには、企業として適切な対応をしなければなりません。
ここでは、下請法において企業が行うべき対策を解説します。
下請法の内容を全社員に理解させる
今までの慣習で行われている取引のなかには、下請法に違反しているものもあるかもしれません。
それを防ぐため、特に営業部門、調達部門、経理部門など下請取引に関わる可能性のある部署の社員には、下請法について具体的な事例を交えた研修を定期的に実施する必要があります。
また、新入社員研修や管理職研修にも下請法の内容を組み込み、組織全体でのコンプライアンス意識を醸成するようにしましょう。
法改正があった場合は速やかに情報を更新して全社員への周知徹底を図れば、意図しない違反行為を未然に防げます。
なお、公正取引委員会のWebサイトに掲載されている各種パンフレットも活用することで、要点をつかみやすくなるでしょう。
内部監査を実施する
認識の甘さから、実務の現場では知らずしらずのうちに、下請法違反の取引が行われている可能性があります。
それを防ぐため、内部監査部門などが定期的に取引記録をチェックし、下請法違反の兆候がないかを確認する体制を整えることが重要です。
監査では、下請契約書の内容確認、支払条件の適正性、実際の支払状況、発注から支払までのプロセスが法令に適合しているかを詳細にチェックします。
また、下請事業者とのやり取りを記録した書類やメール、会議録等も監査対象とし、禁止行為に該当する可能性のある事案がないかを確認します。
監査結果は経営層に報告し、問題が発見されれば速やかに是正を行わなければなりません。
判断に迷うところは専門家に相談する
下請法には4つの義務と11の禁止事項があり、実際の取引において適用の判断に迷うケースが多々あるでしょう。
このような場合は社内だけで判断せず、下請法に精通した弁護士などの専門家に相談することが重要です。
また、公正取引委員会が設けている相談窓口では、親事業者・下請事業者に関係なく相談できます。
これら複数の相談ルートを確保することで、効果的に下請法に対応できるでしょう。
特に複雑な取引条件や新しい取引形態に該当するときには、事前に専門家の意見を求めることで違反リスクを大幅に軽減できます。
適切な取引を実施して社会的信頼を維持しよう
下請法の違反を防ぐためには、社員への教育の徹底、定期的な内部監査の実施、専門家との連携という3つの対策が重要です。
これらの取り組みを組織的に実施することで、意図しない違反行為を未然に防ぎ、企業の信頼を維持できます。
日々の業務に追われるなかで、コンプライアンス遵守の意識が薄れてしまう場面もあるかもしれません。しかし、勧告による社会的信頼の低下は、企業にとって計り知れない損失となります。
法改正への対応や新しい取引形態への適切な対応も含め、継続的な改善により健全な取引を実現して企業の持続的な成長につなげましょう。