現代では、若手社員の早期離職が問題視され、人材確保や育成で大きな損失を被る企業が少なくありません。
こうした背景から、多くの企業が注目しているのが「メンター制度」です。
メンター制度とは、先輩社員が若手社員の指導者・助言者として業務面だけでなく精神面でもサポートする人材育成システムです。
本記事では、メンター制度の基本的な仕組みから導入方法、成功のポイントまで詳しく解説します。
目次
メンター制度とはキャリア形成や個人の成長を促進する手法
メンター(Mentor)とは、日本語で「指導者」や「助言者」を指す言葉です。
ビジネスの現場で活用されている「メンター制度」とは、新入社員や若手社員の相談相手として先輩社員が配置され、対話を通して悩みを解消する人材育成の手法です。
メンター制度は新入社員の離職を防止したり、成長を促進したりする役割を担います。
指導する側はメンター、指導や助言を受ける側はメンティー(Mentee)と呼ばれ、両者の間で行われる指導をメンタリング(Mentoring)と言います。
なお、メンターは直属の上司ではなく、多くの場合はメンティーと年齢や勤続年数が近い先輩社員が選ばれます。
メンタリングとOJTとの違い
メンターと似た言葉にOJTがあります。OJTとはOn-the-Job Trainingの略で、職場内で上司や先輩社員が、部下に対して日頃の業務を通じて必要な知識やスキルを指導・教育する育成方法です。
一方、メンタリングではメンターがキャリア形成やメンタル面など、業務内外の相談に乗ります。
OJTは同部署の先輩が指導するのに対し、メンタリングでは他部署の社員がメンターとなるケースが多いという点も異なります。
メンタリングとコーチングとの違い
コーチングとは、相手の自発的行動をうながし、目標達成をサポートするコミュニケーション手法です。
コーチが依頼人に質問をして相手の返答を傾聴しながら、社員自身で答えを考えることをうながします。
対してメンタリングは、メンター自身がロールモデルとして経験の共有やアドバイスをする育成手法です。
扱うテーマにも違いがあり、コーチングが主に業務上の目標達成を支援するのに対し、メンタリングはキャリアや人間関係など、より広範な悩みをカバーする点でも異なります。
企業にメンター制度を導入するメリット
メンター制度を成功させるためには、そのメリットを適切に把握しておくことが不可欠です。
ここでは、企業にとっての主なメリットを3点解説します。
若手の離職防止になる
入社したばかりの若手社員は、職場での業務や人間関係などの慣れないことに対応する機会が多く、まわりが思う以上に精神的な疲労を抱えがちです。
そこでメンターが若手社員の悩みや不安を定期的に聞き取り、適切なアドバイスや精神的なサポートをすることで、精神的負担の軽減が期待できます。
職場への早期適応を促すことにつながり、若手社員の離職を効果的に防げるでしょう。
先輩社員のスキルが向上する
メンター制度では、若手社員と比較的年齢や勤続年数が近い社員がメンターになりますが、こうした社員はまだ指導経験が少ないケースもめずらしくありません。
メンターを務めれば、指導経験の少ない先輩社員も相手の立場を理解し、わかりやすく説明する力が養われます。
結果として、コミュニケーション能力や指導力の向上が期待できるでしょう。
このように、メンター制度は指導される側だけでなく、指導する側の成長も促進する仕組みなのです。
社内のコミュニケーションが活性化する
メンター制度では、基本的に会社内の別部署の社員がメンターとなります。
この仕組みにより、異なる部署の社員間に定期的な交流が生まれ、従来は接点のなかった部門間での情報共有や相互理解が促進される点がメリットのひとつです。
例えば、営業部の新人が経理部の先輩をメンターに持てば、部署間の心理的な壁が低くなります。
その結果、経費精算の質問がしやすくなるといった円滑な連携が生まれるでしょう。
さらに、メンター・メンティーの関係を通じて築かれた人脈は、将来の業務連携や新たなプロジェクト創出にもつながる可能性があります。
このように、メンター制度は組織全体のコミュニケーションを活性化させ、部署間で協働する文化を醸成する効果も期待できます。
企業にメンター制度を導入するデメリット
メンター制度にはいくつかのデメリットも存在するため、導入前にこれらを把握して対策を講じることが成功の鍵となります。
ここでは、メンター制度のデメリットを解説します。
メンターの負担が増加する
メンター制度を導入すると、メンター側には通常業務に加えて、定期的な面談や報告書作成などの業務が加わります。
場合によっては、心身の負担を抱えてしまう可能性があるでしょう。
このような事態を防ぐため、制度を導入する際にはメンターの業務負担を適切に調整し、十分な研修やフォローアップ体制を整備することが不可欠です。
メンターとメンティーとの相性次第では逆効果となる
人と人には相性があるため、メンティーとメンターが性格や思考が合わないケースも十分に考えられます。
そうした場合、価値観やコミュニケーションスタイルの違いにより、メンティーが萎縮したり、メンターに対して不信感を抱いたりする可能性があるでしょう。
すると、メンター制度が期待どおりの効果を発揮しなくなってしまいます。
それを防ぐため、まずは運営側が性格や経験を考慮した丁寧なマッチングを行うことが大切です。
さらに、定期的なフォローアップや、必要に応じてペアを変更できる柔軟な仕組みも求められます。
指導者が増えてメンティーが混乱する可能性がある
メンティーは日頃から、OJTなどで同じ部署の先輩社員から業務の指導を受けています。
メンター制度を導入すると同じ部署の先輩社員に加え、他部署のメンターからも指導を受けます。
部署内の先輩とメンターとの間で指導方針や価値観が異なる場合、メンティーはどちらの指導に従うべきなのか判断に迷い、かえって成長が阻害されてしまう可能性があるでしょう。
したがって、メンター制度を運用する際は部署内指導者とメンターの役割分担を明確にして、一貫した指導方針を共有することが不可欠です。
メンター制度を導入する流れ
メンター制度は以下のような流れで導入します。
- 導入の目的を明確にする
- 制度を構築・共有する
- メンターとメンティーの選定とマッチングを行う
- 研修を開催する
- 実際にメンタリングを行う
- 制度の効果を測定し、改善する
順に解説します。
1.導入の目的を明確にする
メンター制度を導入する前には、「どのような成果を上げたいのか」「どのような課題を解決するのか」といった目的を明確にすることが欠かせません。
この段階を踏むことでメンター制度に対する時間の割き方や、制度の方向性を決定できます。
2.制度を構築・共有する
設定した効果を得るために、まずはメンター制度に対するルールの設定や社内環境の整備が欠かせません。
相談はどのように行うのか、頻度はどのくらいにするのかになど、導入後に考えられる課題について、あらかじめ対応策を検討しておく必要があります。
次に、制度の調整は人事部もしくは必要に応じて推進チームを設置し、情報提供を行うほか、メンティーの上司に対して、取り組み期間中のサポート依頼などを行います。
そのうえで、メンターの上司や経営層にも目的を共有し、全社的な協力体制を築きましょう。
3.メンターとメンティーの選定とマッチングを行う
次に、メンターとメンティーを選定します。自ら手を挙げてもらう方法のほか、指名や他薦などの方法もあります。
この際、業務の状況や習熟度を考えて対象者を決めなければなりません。
さらに、対象となるメンター・メンティーを選定し、マッチングを行います。
マッチングの際には、事前にメンター、メンティーそれぞれの個別の情報をアンケートやヒアリングなどで収集することで、ミスマッチを防ぎます。
4.研修を開催する
メンター制度の効果を存分に発揮させるため、メンターとメンティーに対して事前に研修を行います。
なお、説明する際には互いの役割や期待を明確にして問題が起きた際の対処法なども共有しておけば、継続して効果を生む機会にできます。
5.実際にメンタリングを行う
実際にメンタリングを実施する際は、原則としてメンティーからの申し出により、メンターと実施場所や時間などを話し合って決めます。
メンターは一方的に助言や命令などをするのではなく、メンティーの話をさえぎらずに最後まで聞き、自身の経験を共有しながらメンティーの気付きを促すことが重要です。
メンタリングが終了したら運営側は、メンターとメンティー双方から実施状況の報告を受けます。
さらに、それぞれの立場で意見交換会などを開催し、成功事例や課題を共有する場を設けることが重要です。
6.制度の効果を測定し、改善する
実施期間が終了したらアンケートやヒアリングを実施し、効果を測定しましょう。
良い点・悪い点・今後の課題などを把握して、より効果を生む制度設計につなげることが重要です。
なお、報告会を開催し、制度導入後の効果や意識の変化、気付きなどを共有することも有効です。
メンタリングのポイント
メンタリングを成功させるには、いくつか注意するべき点があります。
ここでは、メンタリングのポイントを解説します。
説教はしない
メンタリングを成功させるには、メンターとメンティーとの間に信頼関係が構築されている必要があります。
そのため、たとえメンティーから会社や上司の愚痴や、その他好ましくない発言が出たとしても、説教や命令をせず、まずは傾聴することが大切です。
なぜなら、説教や命令を受けてしまうと、メンティーが本音を話しにくくなり、信頼関係が損なわれてしまうからです。
例えば、メンティーが「上司の指示が理不尽だ」と愚痴を言った場合、「そんなことを言うべきではない」と言うのではなく、「どのような点で理不尽だと感じるのか」と共感しながら聞くことが重要です。
このような傾聴の姿勢を保てば、メンティーは安心して悩みを相談でき、自発的な成長や気付きにつなげられます。
メンティーから聞いた内容を第三者に言わない
メンタリングで話される内容は、仕事からプライベートまで多岐にわたります。
メンタリングでは自分の考えや気持ちを安心して発言できる状態を維持することが欠かせないため、メンターはメンティーから聞いた内容を他言してはいけません。
それを破ってしまうと、メンティーは二度と職場での本当の悩みを話さなくなってしまうため注意が必要です。
ただし、ハラスメントや生命に関わる内容であった場合は、本人の許可を得たうえで、企業で決められた手順をもとに、しかるべき部署や産業医と連携して解決に努める必要があります。
メンター側へのケアも行う
メンタリング期間の途中で退職してしまうケースも考えられます。
その際、真面目で責任感のあるメンターほど「自分のせいではないか」と思い悩んでしまう可能性があります。
それを防ぐため、メンター側へのケアも欠かさないようにしましょう。なぜなら、メンター自身が精神的負担を抱え込んでしまうと、メンタリングの質が低下し、最悪の場合はメンター自身が離職してしまう可能性があるからです。
例えば、定期的なメンター同士の情報交換会や、人事担当者がメンターの悩みを聞く機会を設けるなどが有効です。
また、メンティーの離職はメンターの責任ではないと明確に伝え、適切なサポート体制を整備することで、メンターが安心して役割を果たせる環境を作りましょう。
メンター制度を適切に運用して持続的な成長をうながそう
メンター制度は、若手社員の離職防止や成長促進、組織の活性化に大きな効果をもたらす重要な人材育成手法です。
ただし、メンターの負担増加や相性の問題といったデメリットもあるため、導入には慎重な準備と継続的な改善が欠かせません。
制度を効果的に運用するためには、定期的な効果測定と改善を行い、社員同士が互いに支え、学び合う文化を組織全体で育てていくことが重要です。
メンター制度を適切に実施して、企業の持続的な成長を支えるための人材を育成しましょう。