従来、ビジネスにおいてヒトは費用だと考えられていました。
なぜなら、ヒトを雇うことで人件費が発生するからです。
しかし現代では、ヒトは「利益を生み出したり経営理念を達成したりする資産」であるとされています。
こうした状況のなかで、HRM(ヒューマンリソースマネジメント)という考えが台頭してきました。
本記事では、HRMの必要性や代表的なフレームワークを紹介します。
目次
ヒューマンリソースマネジメント(HRM)とは?
ヒューマンリソースマネジメント(HRM:Human Resource Management)を直訳すると人的資源管理となります。
企業が抱える経営資源は、皆さんがご存知の通りヒト・モノ・カネです。
ただし決算上では、モノとカネは資産として扱われる一方で、ヒトは費用として扱われていました。
しかし近年は、ヒトも「利益を生み出してくれる資産」だとする考えが主流となり「どのようにすればヒトという資産を効率よく育てることができるのか」が議論されるようになったのです。
関連記事:組織コミットメントを高めるHRM施策とは
PM(人事労務管理)からHRMへ
従来の人事管理の基本はPM(人事労務管理)でした。
PMの時代で重視されていたのは、人材育成よりも人材配置の効率性です。
なぜなら、PMが普及した時代は高度経済成長期であり、当時は従業員を大量雇用することで日本が成長していたからです。
そのため、一人一人を育成することよりも、どのように従業員を管理するかの方が問われていました。
しかし1990年代から、コンピュータの普及、インターネットの登場、そして少子高齢化により、大量雇用による成長が見込めなくなります。
そこで登場したのがHRMです。
ヒトを費用ではなく資産として捉え、一人一人の従業員の成長やキャリアを重んじるようになっていきます。
人材四態の考え方【人は資産】
人事の世界では「人材四態」という考え方があります。
これは「ジンザイ」には4つの形態があるという考え方で、具体的には以下が挙げられます。
- 人材
- 人財
- 人在
- 人罪
理想的な「ジンザイ」は、やはり「人財」です。
「人は宝(財)」と書いて表す「人財」は、企業に大きな利益をもたらします。
一方で、最も避けたい「ジンザイ」が「人罪」です。
「人罪」は役立たずどころか企業の足を引っ張る存在だとされています。ただ人件費が発生するだけの「ジンザイ」です。
しかし、これは「人罪」そのものが悪いわけではなく、企業が「人材」を「人罪」にしてしまったケースも十分考えられます。
HRMを活用して「人罪」をゼロにし、可能な限り「人財」を増やしていくことが求められているのです。
関連記事:人材育成におけるマネジメントとは?【成功のためのポイントも解説】
HRMに似ている言葉
HRMに似ている言葉としては以下が挙げられます。
- SHRM(Strategy Human Resource Management:戦略的人的資源管理)
- HCM(Human Capital Management:人的資本管理)
- TMS(Talent Management System:人材能力管理)
- PM(Personal Management:人事労務管理)
それぞれ人事領域で活用されるマネジメントですが、意味や目的が異なります。間違えないようにしましょう。
HRMが必要とされる理由3選
HRMが必要とされる理由は以下の3つです。
- 生産性が向上するから
- QOLが向上するから
- 人間関係の問題を解消できるから
それぞれ詳しく解説していきます。
理由①:生産性が向上するから
HRMを実施することで、生産性が向上します。
特に、少子高齢化が進み労働人口が減少している現代で、1人あたりの生産性向上は大きなテーマの1つです。
そこで、従業員1人1人に合わせたHRMを実施することで、1人あたりはもちろんのこと、組織全体の生産性を向上させることができます。
現代は労働人口が少ないので、採用に力を入れるのではなく、HRMや人材育成に力を入れることがトレンドになっているのです。
関連記事:生産性向上の成功事例集5選|必要性と具体的な施策を解説
理由②:QOLが向上するから
HRMを実施することで、従業員のQOLが向上する可能性があります。
従業員のQOLを向上させることは、従業員の生産性・幸福度向上に繋がります。
また、離職率低下も見込まれるでしょう。
近年はリモートワークの普及もあり、働き方や生活スタイルの多様性が生まれています。
HRMを活用して、多様な働き方を保障しながら、生産性向上を狙っていきましょう。
理由③:人間関係の問題を解消できるから
HRMを活用すれば、人間関係の問題を解消できます。
離職する理由の多くは、人間関係によるものです。
仕事上の問題からプライベートまで、原因は多岐に渡りますが、どちらにせよ、人材の再配置が必要です。
HRMはPMと比べても「従業員の幸福度」にアプローチしやすいため、人間関係のトラブル解決に繋がりやすいと考えられます。
HRMの代表的なフレームワーク
HRMの代表的なフレームワークは以下の5つです。
- ミシガン・モデル
- ハーバード・モデル
- ワーウィック・モデル
- ゲスト・モデル
- ウルリッチ・モデル
それぞれのフレームワークを詳しく解説していきます。
ミシガン・モデル
ミシガン・モデルは1980年代にミシガン大学で実施された研究がベースとなったフレームワークです。
HRMの基本的な概念として知られています。
HRMの基本機能である「採用・人材評価・報酬・人材開発」の4つを用いたサイクルで構成されており、今回紹介する5つのフレームワークの中で最もシンプルです。
まずは人材を採用し、そのパフォーマンスに応じて人材評価を実施。
評価内容を元に報酬と人材開発を決定することで、パフォーマンスの最大化を狙います。
ハーバード・モデル
1980年代にハーバード大学で実施された研究がベースになっているのがハーバード・モデルです。
ハーバード・モデルにおいてHRMは「ステークホルダーの利害」と「状況要因」の影響を強く受けるとされています。
そのなかでHRMでは「従業員の影響・人的資源のフロー・報酬システム・職務システム」の4つを機能させることにより、従業員の長期的なパフォーマンス向上を狙います。
ミシガン・モデルとは異なり、外的要因も考慮されているのがハーバード・モデルの特徴です。
ワーウィック・モデル
1990年に研究されたワーウィック・モデルは、ハーバード・モデルがベースにあるフレームワークです。
ワーウィック・モデルでは「外部と内部の適切なバランス」に焦点が当てられており、以下の5つの要素を重視します。
- 外部コンテキスト
- 内部コンテキスト
- ビジネス戦略の内容
- HRMコンテキスト
- HRMコンテンツ
外部要因と内部要因を元にビジネス戦略とHRMコンテキストを決定し、それからHRMの内容を決定する流れです。
外部要因に注目するハーバード・モデルとは異なり、外部と内部のバランスに注目しているのがワーウィック・モデルの特徴です。
ウルリッチ・モデル
ウルリッチ・モデルは1995年にデイビッド・ウルリッチによって考案されたフレームワークです。
ウルリッチ・モデルの特徴は「人」に注目している点です。
HRMのプロセスや機能ではなく、組織・従業員・役割などに焦点を当てています。
具体的に、ウルリッチ・モデルが注目している要素は以下の4つです。
- 戦略的パートナー
- 管理のエキスパート
- 従業員チャンピオン
- 改革を実施する人
まず戦略的な部分では「戦略的パートナー」と「改革を実施する人」が活躍します。
戦略的パートナーが改革案を提示し、改革を実施する人が個人レベルに落とし込みます。
また、現場では「管理のエキスパート」と「従業員チャンピオン」が活躍します。
これは社内で言うところの管理職とチームリーダーです。
このポジションにあたるメンバーが、改革案を上手い具合に現場に落とし込みます。
このように役割を明確にすることで、現実的なHRMを実施できるようにしているのがウルリッチ・モデルの特徴です。
ゲスト・モデル
1997年に登場したゲスト・モデルは、人事マネージャーが戦略の主導権を持つべきだとするフレームワークです。
人事マネージャーが戦略を決定し、それに合わせて人事慣行を要求します。
そしてこの慣行を実施した結果として、パフォーマンス・財務が決定するという流れです。
そのため、人事戦略から一連の流れが構築できているかどうかが重視されます。
HRMでは具体的にどんなことをやるのか?
HRMでは具体的に以下のような取り組みを実施します。
- 効果的な人事戦略を実施する
- 良好な人事戦略を実施する
- 法意識を啓蒙する
- 外部要因を意識させる
以上をみて分かる通り、HRMは人事部だけでなくさまざまな部署との連携が必要です。
それぞれの取り組みを詳しく見ていきましょう。
効果的な人事戦略を実施する
まずは効果的な人事戦略を実施します。主に「採用・人材配置・人材育成・報酬決定」などです。
先ほど紹介したミシガン・モデルが最も一般的な方法だと言えます。
もちろん、これらの領域は主に人事部が担当します。
人事戦略を実施する際は企業の利益を優先するとともに、従業員エクスペリエンス(従業員が働く上で得られる経験)も重視する必要があるでしょう。
円滑なコミュニケーションを取れているかを確認してください。
関連記事:戦略人事が注目される理由とは?そのメリットや役割、経営戦略と違いのを解説
良好な職場環境を構築する
HRMでは人事戦略だけでなく、職場環境構築にも焦点を当てます。
この場合の職場環境とは、物理的なオフィス設計だけではありません。
業務プロセスや自社独自のルールも含まれます。
生産性向上と機会の公平性を両立させた職場環境を目指しましょう。
法意識を啓蒙する
HRMには、企業に適用される法律や規制の啓蒙活動も含まれます。
これは主に法務部の役割になるでしょう。
近年はPCを活用することが当たり前となっており、個人データの取り扱いも増えてきています。
個人情報保護の意識を強めていくのは必須でしょう。
法律系のトラブルは、企業イメージの低下に繋がる恐れがあります。
そしてこのダメージは、すぐに回復するようなものではありません。
つまり、法律系のトラブルはリスクが非常に大きいのです。
法意識の啓蒙活動を実施して、従業員がコンプライアンスをしっかり遵守できるようにしましょう。
外部要因を意識させる
ハーバード・モデルやワーウィック・モデルのように、外部要因を意識させるのもHRMでは大切なことです。
一般的に人事は内部に焦点を当てますが、HRMでは外部にも意識を向けます。
なぜなら企業は、常に外的要因の営業を受け続けるからです。
主に以下の外的要因には注意する必要があります。
- 国際法規制によるグローバリゼーションの変化
- 雇用法の変更
- 技術革新
- 社会的ムーブメント
例えば食品会社であればヴィーガンのムーブメントや、小麦価格に注意する必要があるはずです。
特にブランド力のある大きな企業ほど、外的要因に対して責任を持たなければならなくなります。
外的要因に合わせた人事戦略を組むのがHRMの業務の1つです。
HRMの導入事例
HRMの導入事例としては、以下の2社が紹介されることが多いです。
- サムスン電子
- 日産自動車
それぞれのHRMの事例を詳しくみていきましょう。
事例①:サムスン電子
サムスン電子は「人材第一」の経営哲学の元、人材育成に力を入れています。
1990年代からグローバル人材の育成に力を入れはじめ、以降、グローバルリーダーの養成に注力しています。
その典型的な例が採用です。サムスン電子の新入社員に実施されるTOEICの平均点は、なんと900点以上なのです。
また、世界中に研修施設を設立しており、年間で約60億円以上も教育に予算をかけています。
事例②:日産自動車
日産自動車は、カルロス・ゴーン元社長が実施したタレントマネジメントが有名です。
当社は、自社独自のプログラムである「JBLP(Japan Business Leadership Development Program)」を実施しており、グローバルに活躍できるビジネスリーダーを育成しています。
JBLPでは部署を横断する形でのキャリア形成を重視しており、そのおかげで多様な人材を広い視点で見ることのできる、ビジネスリーダー的な視点の育成が容易になったそうです。
まとめ
それでは本記事をまとめていきます。
- HRMは人的資源管理のことで「ヒトを資産」として扱う人事管理
- HRMでは一人一人の従業員のキャリアや成長を重んじる
- HRMを活用するには人事部だけでなく他部署との連携も必要不可欠
少子高齢化が進む現代社会では、大量雇用から少数精鋭型の組織体系に切り替わりつつあります。
そのなかでHRMは非常に重要な要素になるのは間違いありません。
これを機に、人事管理の見直しを検討してもいいでしょう。