「ヒトメ置かれる存在」をコンセプトに、2006年、東京・原宿にオープンしたヘアサロン。それが「broocH」だ。
このサロンの代表を務めるのが矢部 壮大氏。矢部氏は都内の美容専門学校を卒業後、都内・ロンドンでのサロン勤務を経て独立。メンズ・レディース幅広くどんなスタイルも作りこなすセンスを高く評価され、タレント・モデル御用達の人気スタイリストとしての地位を確立した。
2011年には姉妹ブランドの「koti BY broocH」、2012年にはネイルサロンの「Rosett」、そして2016年にはカラー専門店の「somaru」をオープンするなど、順調に事業規模を拡大。さらに、美容メーカーとの協業により、サロンオリジナルのスタイリング剤を開発・販売も行っている。
そんな矢部氏が識学を知った経緯とは。識学の理論が、現在どのように組織マネジメントに活かされているのか。詳しく話を伺った。
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自分が変わらなければ組織は変えられない
識学を知った経緯についてお聞かせください。
「識学」という理論の存在を知ったのは、とある「会議」にフォーカスした組織コンサルを受けている経営者が集う交流会でした。ある方から、「組織マネジメントのことを勉強したいなら識学代表の安藤さんの著書『伸びる会社は「これ」をやらない!』が読みやすくて分かりやすいよ」と紹介されて、後日読んでみたんです。
実際に講師の方から話を聞いてみたいと思ったきっかけは、同じコンサルを導入していた企業の社長さん。識学の存在を知った数ヶ月後、私のお店に髪を切りにいらっしゃった際、「最近どうですか?」と会社の近況をお伺いしたところ、「『識学』っていうのを導入したら、今まで週20時間くらい会議に参加していたのに、今ではほとんど会社に行かなくてもよくなったんだよ」というお話をされたんです。
その時はものすごく驚きました。私も以前、その社長の会社の会議を見学させていただいたことがあるのですが、その時は社長自ら前に前に……というタイプの方だったので。その変わりように興味を持って、識学の講師の方を紹介していただきました。
識学のトレーニングを受けようと思われた決め手は何だったのでしょうか?
「会社やスタッフたちを伸ばせていない原因が“自分自身”だった」ということに気づかされたからです。美容室3軒、ネイルサロン1軒、そしてプロダクト事業部を経営しているのですが、その頃はいわゆる「文鎮型組織」で、オーナー以外は店長もスタッフも全員ほぼ並列、という組織構造でした。
オーナーの私が下の階層に降りてきてサロンワークをやったり作品撮りをしたり、一般社員と食事に行くなど、本来では間にいるはずの店長を飛び越えたコミュニケーションをしてしまっていたんです。
でも、ある日、Facebookで過去の自分の投稿を見ていたら、一緒に食事に行った社員はみんな辞めてしまって誰も残っていないじゃないか、と気づいて……。親身に相談に乗って、良い関係性を作ってきたと思っていないのに、定着しないのは私のせいだな、と。
そう思っていたタイミングで、識学の「位置」の話を聞き、「社員の意識を変えるのではなく、まずは自分がトレーニングを受けて変わろう。そうすれば、会社はもっと伸びるはずだ」と決意しました。
一番の決断は、ルール・評価制度の見直し後の降格辞令
識学のトレーニングを受けてから、最初にどんなことに取り組まれましたか?
まずは「ルールづくり」からスタートしました。最初に明文化したルールは、「時間厳守」「気持ちの良い挨拶」「整理整頓」に関して。いずれも、頑張らなくても全員ができる当たり前のことです。この3点を各店舗のスタッフルームに貼り出して可視化し、「これを守りなさい」と徹底させました。
御社の業界は、そういった教育を新人に対してしっかりと指導されていると思っていたのですが、実情は異なるのでしょうか。
やはり、「これが当たり前」という尺度が年代によって違っています。私たちの年代は、ルールを守れない後輩を厳しく叱ってくれる先輩がいたから、組織の一員としてやるべき事が当たり前化していったんですよね。ただ、ここ近年で言うと、そこまで厳しい体育会系な組織ではスタッフがすぐに離脱してしまうというリスクがあるため、ルールを曖昧にしてしまっていました。
さらに、以前導入していた組織コンサルでは、「下が上にどんどん意見を言うべき」という教えがあったので、スタッフは「上に自由に意見できる=自分のわがまま・主張が通る」という勘違いをして、組織の構造にズレが生じやすかったです。例えば、会社の悪い部分を各スタッフに発表させ、それを解決・改善するにはどうすれば良いかをディスカッションする会議なども行っていました。
識学の理論とはかなり異なる切り口だったのですね。
そうなんです。まったく違いますよね。だから、そういう背景もあって、ルールに加え各階層を正しい位置に戻すための評価制度の見直しも行いました。今までは私が全スタッフの個人面談をしていたのですが、講師の安藤さんから「だから伸びないんですよ」とばっさり言われてしまって(笑)。それで、誰が誰を評価する・されるのか、何を評価する・されるのかを可視化して、ルールと同様に各店舗に貼り出しました。
その結果、現在は3カ月に1度、上司が部下にフィードバックをするという仕組みに変わり、スタッフは評価者が私ではなく店長なのだと認識するようになりましたし、店長も私から評価を得るために何をしなければならないかを理解した上でスタッフの管理ができるように成長しています。
ルールづくりや評価の仕組みの見直しを行った結果起こった、一番大きな変化は何でしょうか?
「ルールを守れなかった店長を降格させたこと」は、私にとって一番大変だった決断であり、自分自身が組織のトップとして成長できたと感じたターニングポイントです。店長を降格させれば、辞めてしまうリスクもある。さらに、その人が辞めてしまうということは、その人が担当しているお客様もいなくなってしまうということですから、私にとってはかなりチャレンジングな決断でした。
しかし、識学を通じて、「組織のルールを守れない人が長く在籍していることによって、組織にメリットはあるのか」と冷静に考えられるようになり、実行に移すことができました。もちろん、不安はあったのでその時は安藤さんにかなりご相談しました。
行動を数値化し、管理することで売上が2倍に
「ルールが守れない人は降格」が実行されたことで、他の店長やスタッフの方々の反応は?
一部から反発があるかもしれない、残ったスタッフは新たに売上をつくるのに苦労するかもしれない……という想いとは裏腹に、「万歳!」「やっとオーナーが分かってくれた!」という反応が99%だったんです。
降格した店長は、私の下でまずルールを守って行動させるために異動させ、別の店舗で働かせました。結果、数ヶ月後に離職をしてしまいましたが、そうなったことは仕方ないと割り切っています。
一方、彼がいた店舗には新しい店長を任命しました。はじめは売上が伸び悩んでいましたが、その課題に関しては安藤さんとのトレーニングで「結果管理」を学び、毎週継続し続けることで徐々に効果が出始め、半年後は昨対の約2倍にまで売上を伸ばすことに成功しました。
具体的にはどんな結果管理を行ったことが売上2倍につながったのでしょうか?
まず、店のコンセプトを「髪を伸ばすサロン」に決め、それに対して行動の数値を徹底的に管理しました。例えば、街中でお客様をハントするのも新規顧客獲得の手段のひとつですが、ただ単に「外に行って声をかけてきて」ではなく、「一週間に200人に声をかけたら連絡先を交換出来る人は約50人、その中で来店してくれるのは目標15人」……という数値を決め、それぞれの結果がどうだったのかを毎週1回追いかける……という管理をしました。
また、お客様を増やすにはネット集客が効果的ですが、現状何も行動せず、売上が立っていない状態で「広告を出して」という要望を受け入れてしまっては、その店舗のスタッフ達の成長につながりません。
そこで、集客のために行動することを習慣化するために、「新規顧客のリピート率を50%にする」「材料費を10%以内にする」「作品を1人10体以上作ってSNSにアップする」という定量的な数値目標を設定し、すべて達成できたらネット広告に掲載する、という約束をしました。
その店舗には4名のスタイリストがいるのですが、全員が10体を作れば1カ月で40作品。それだけの規模になれば、良いプロモーションになります。それを継続した結果、売上を伸ばすことができました。
店長が入れ替わった店舗以外のご状況はいかがでしょうか?
本店に関しては、私がスタイリストとしてサロンに出たり、店長っぽく振る舞ってしまうことがよくあったので、店長の責任や役割、評価の所在を明らかにしてきちんと整え、私自身も半歩置いてサロンを見つめるようになったことで、以前は私がスタッフに注意していたことも、店長がちゃんと前に出て指導してくれています。
また、ネイルサロンに関しては、今まで離職者がとても多かったのですが、「評価者はお客様ではなく上司」「各階層でやるべきことは何か」などを可視化したことで、曖昧な部分がなくなり、スタッフも定着していますし売上も少しずつ伸び、新たに新入社員を2人採用できました。
今までは現場8:経営2の割合で動いていましたが、現在はその割合が4:6ぐらいになっています。数ヶ月後までには、この体制を1:9ぐらいにして、経営者として組織の売上を大きく伸ばすために、より生産性の高いプロダクト事業の推進に向けてより力を入れていきたいと考えています。
最後に、どんな方に識学をお勧めしたいかお聞かせください。
私の業界は「オーナー兼スタイリスト」が非常に多いんです。結果、経営者になりたいのかデザイナーになりたいのかが曖昧になって、サロンが組織としてうまく機能しなくなるという悩み。
だから、経営者としての力を身につけたい同業の方は絶対に受けた方が良いと思います。あとは、素直で学んだことをすぐ実行できる人であれば、効果を実感しやすいと思いますよ。
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