大規模な自然災害が頻発する日本ですが、「防災マニュアル」を自前で策定するのはなかなか難しいものです。
また企業の立地はもちろんのこと、周辺の人口構成やマンパワーの問題もあり、全ての企業が同一の対応をすることが良いとも言えません。
そこで、国土交通省が近年推奨しているのが「タイムライン」という防災計画の作り方です。
目次
NYを襲った巨大ハリケーンで効果を出した「タイムライン」
2012年10月にアメリカのニュージャージー、ニューヨーク州を襲ったハリケーン・サンディはニューヨークという大都市を直撃し、地下鉄や地下空間への浸水をはじめとする交通インフラ、ビジネス活動を麻痺させるなど、その被害は大きなものでした。
しかしこの時、ニューヨーク州知事らは「被害の発生を前提とした防災」として「タイムライン」を策定しており、被害は最小限に留められています。
これをきっかけに、国土交通省でもタイムラインに関する調査・研究が始まりました。
タイムラインの効果として挙げられるのはこのような点です。
1)災害時、実務者自身が「先を見越した行動」ができる。また、意思決定者は事態対応に専念できる。
2)「防災関係機関の責任の明確化」「防災行動の抜け、漏れ、落ちの防止」を図れる。
3)防災関係機関の間で「顔の見える関係」を構築できる。
そしてもっとも特徴的なのは、
4)「災害対応の振り返り(検証)、改善」を容易に行うことができる
という点です。
対応後は、「切り抜けられてよかった」という気持ちが大きくなりますので、同じ方法で次も行けるだろうという意識が生まれがちですが、そうとは限りません。
また、良かった点と反省すべき点を個人で振り返ることがあったとしても、それを組織的、系統的に「見える形」で残し改善していかなければ意味がありません。
組織としての防災は、「個人の経験」で終わらせてはいけないのです。
そして、綿密に策定されたタイムラインは、進行型災害、突発型災害のどちらにも対応できるというのもメリットです。
企業活動が「PDCA」を重要視するのと同様に、災害対応計画にもまた「フィードバック」は必要です。
以下、タイムラインの概念について紹介します。
「ゼロアワー」と「リードタイム」の策定から
タイムラインの特徴として「発生前後の行動が早くなる」こともそうですが、企業だけでなく地域との連携まで含めた「役割分担」が明確になるということがメリットです。
タイムラインの時間軸での考え方はこのようなものです(図1)。
図1 タイムラインの位置付け(出典:「タイムライン策定・活用指針」国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/river/bousai/bousai-gensai/bousai-gensai/pdf/4kai-ref01-02.pdf p4
「発生前」の行動を策定するのが特徴のひとつです。台風、豪雨災害には有効と考えられます。
「とりあえず規模を見てから考えよう」というやり方が通用しないのは、近年の常識としてご存知の人も多いでしょう。
また、突発型災害であっても、手順を決めておけば発生後早い段階で実行できるので、被害拡大を防ぐのに役立ちます。
そして重要なのは「いつ」「誰が」「何を」するかという役割です。
災害発生の瞬間を「ゼロアワー(0h)」とした時に、あらかじめ発生が予期できる災害の場合は、ゼロアワーに向けてどのくらいの準備時間を取るか(=リードタイムを何時間に設定するか)を想定し、リードタイム、ゼロアワー、その後の時間経過に沿った行動指針を策定します。
下は国土交通省が台風接近についてシミュレーションしているものです(図2)。図の詳細はリンクからご覧ください。
図2 大規模水災害に関するタイムラインの流れ(出典:国土交通省)
http://www.mlit.go.jp/river/bousai/timeline/
水災害の発生時刻を「ゼロアワー」として、この場合は120時間前から、それぞれの機関が何をするかという行動を策定しています。
この場合「国土交通省(気象庁)」「交通サービス機関」「市町村」「住民」がゼロアワー前後に取るべき行動が示されています。
これを各機関がそれぞれ把握していることで被害を最小限に食い止めるのです。
企業の場合は、「企業」「自治体」「地元消防団」「地域住民」の他に、近隣数社で防災委員会のようなものを組織するのも良いでしょう。それぞれのマンパワーなどを考慮して配置していきます。それぞれの連絡先などを記載するのも良いでしょうし、こうしたタイムラインを策定することによって、各団体の「顔が見える」防災体制を作ることができます。
企業の一つの役割である「地元への貢献」という意味でも、大切なことです。
もう一つ、社内で部署によって役割を振り分けるのも良いでしょう。
また、突発型災害、その典型は地震ですが、地震については人命救助の要とされる「72時間」を意識する必要もあります。
想定し得ないことは起きる
筆者は東日本大震災の年、キー局の報道局員でした。
報道機関ですので当然、日頃から地震発生のエリアごとの系列各局の役割、中継車やヘリコプターといった取材体制の応援方法、安否確認センターの所在地の分散、といった想定はしています。
しかし東日本大震災では、想定しないことが次々と起きました。
大規模災害時に放送各社が一斉に特別番組に突入するのは皆さんもご存知のことと思います。
まず、東京キー局のスタジオを開き、得られる情報をどんなことでも伝える流れです。震源近くの系列局の放送準備が整うまで、まずキー局でカバーします。
そして準備でき次第、当該地域の系列局からの放送に切り替えるという方法です。
しかしまず、岩手県、宮城県の系列局と連絡が取れなくなってしまいました。その手前である福島県の系列局も停電などでなかなか態勢を整えられず、「何が起きているのかすらわからない」もどかしい時間が続きました。
映像の伝送はおろか、各系列局が設置している「情報カメラ(お天気カメラ)」も機能しなくなるという事態も重なり、現地の様子はさっぱりわからないままです。
ようやく福島からの放送が可能になったのは何時間も後のことです。それも、懐中電灯を照明がわりに使用しての放送でした。
また、大津波による被害状況が明らかになったのは、深夜、自衛隊のヘリコプターの映像を受け取ってからのことです。
そして翌朝、全国の系列局から応援のカメラマンやディレクターが東京に集合したものの、道路は分断されています。
そこで陸路で直接三陸地方へいくつかの経路で向かうグループ、山形県まで空路、そこから車で三陸へ向かうグループ、それぞれの形で応援を試みるという形で取材班は現地に向かいました。
局内もマンパワー不足になりますから、報道局経験者を他の部署からかき集めて対応に当たっています。
そして数日経ったあたりから、ようやく局員の体力調整です。原発事故が起きたこともあり、シフトを組まなければ長期戦に耐えられなくなるからです。
その時も、まずは小さなお子さんのいる社員を優先的に帰宅させることにしました。
しかし同時に、別の問題が発生します。
特に宮城県仙台市に拠点を置く系列局は、局員自身も被災者であり、食料が足りないというのです。
そこで東京から毎日4tトラックを走らせ、物資の補給に当たるという対応も必要になりました。東京でも食料の買い占めがありましたので、社員一人一人が出勤の際に「1つの店で1つだけ多く」買ったものを集め、運ぶのです。
阪神淡路大地震を経験してもなお、報道機関であっても遭遇したことのない出来事が同時多発的に起きるのです。
その後、放送に耐えられない映像を編集し続けたスタッフに対してのケアも必要になりました。
タイムラインを効果的に運用するために
さて、国土交通省が重要視しているのは、平時からのコミュニケーションと「フィードバック」です(図3)。
図3 タイムラインの活用と実践(出典:国土交通省資料)
https://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/shaseishin/kasenbunkakai/bunkakai/dai50kai/siryou12.pdf
特にタイムラインでは役割や責任の所属を明確にしていますから、フィードバックがしやすいメリットがあります。
また、フィードバックは自社内だけでなく、それを受けて関係機関とどう連携を取るかの見直しも迫られます。
災害が巨大化する中、平時からの外部とのコミュニケーションはより必要になっています。
また、タイムラインで個々の役割を明確化することで、意思決定者がそれだけに専念できる環境づくりは非常に大事です。
全員で同じことに振り回される対応は、合理的とは言えません。
なお、タイムラインの策定方法などについて、国土交通省が特設ページを設けていますので参考にしてください。
http://www.mlit.go.jp/river/bousai/timeline/
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