今、「ネクストキャリア支援」というキーワードが注目を集めています。
「早期退職の募集」を「ネクストキャリア支援」と耳障りのいい言葉に言い換えた点が、議論を呼ぶきっかけとなりました。
とくに資生堂やLINEヤフーといった大企業が同制度を実施したことで、SNS上では戸惑いや警戒感をにじませた反応が目立つようになりました。
「結局はリストラを言い換えただけではないか」
「40代以上は不要だと言われているように感じる」
「辞めることが前提なのに、“支援”という言葉を使うのは違和感がある」
実際、Yahoo!ニュースの当該記事に寄せられたコメントやX上の投稿を見ても、制度の中身そのものよりも退職を前提とした施策を「ネクストキャリア支援」と呼ぶ、その言葉の使い方に対する反発や疑問が多く見受けられます。
これは、決して特殊なものではありません。
これまでも「早期退職」「構造改革」「リストラ」といった言葉が使われるたびに、同じような反応が起こっています。
議論が広がると、制度の是非や企業姿勢の良し悪しに目が向きがちです。しかし、このニュースがこれほど反発を集めている理由は、そこにはありません。
問題になっているのは施策そのものよりも、なぜ同じような内容であっても「ネクストキャリア支援」という言葉が使われた瞬間に、ここまで強い違和感や拒否反応が生まれるのかという点です。
この違和感の背景を整理していくと、多くの人が無意識に前提としている会社と社員の関係と、企業が実際に行っている人員配置や役割の見直しといった現実的な判断との間に、無視できないズレがあることが見えてきます。
このズレは、価値観や感情の問題として片づけてしまうと見えなくなりますが、識学の考え方を用いると、構造の問題として整理することができます。
目次
組織は「仲良しクラブ」ではなく「機能体」である
識学では、組織を次のように定義しています。
組織とは、目的を達成するための機能体である。
この定義は、価値観や理想論ではありません。
組織をどう捉えるかという前提を、あらかじめ明確にしているだけです。
会社は個々人の満足を満たす場でも、生活を保証する場でもありません。
成果を出し続けることで事業を継続するための仕組みです。
その前提に立つと社員とはなにか?その位置づけも明確になります。
識学では社員を次のように位置づけます。
社員(個人)は組織の目的(利益・成長)のために特定の「役割(Position)」を担う存在である。
ここで重要なのは、その役割が固定されたものではないという点です。
会社を取り巻く環境が変われば、求められる役割は変わります。
また、AIのような技術革新が進めば、これまで必要だった役割そのものが不要になることもあります。
役割が変われば、人員構成を見直す必要が出てくるのは自然なことです。
この前提に立てば、かつて必要だった役割が今は必要でなくなること自体が自然なことといえます。
識学では役割を果たせない状態のまま人を組織に滞留させることを「代謝不良」と捉えます。
ここで言う代謝不良は、個々人の能力やパフォーマンスの問題を指しているわけではありません。
たとえ成果を出していたとしても、その役割自体が組織の存続や次の成長に不要になれば、見直しの対象になり得ます。
代謝が止まった組織では、「今その役割が必要かどうか」という判断が先送りされ、不要なものを不要として整理できなくなっていきます。
その結果、環境変化への対応が遅れ、組織全体の競争力が徐々に低下していきます。
これは一時的な問題ではありません。
代謝不良が続けば、組織は「不要になった役割」を抱え続けることになり、環境変化に適応できなくなります。
その帰結として、事業の縮小や撤退、最終的には倒産といった「組織の死」に行き着きます。
ネクストキャリア支援は、こうした組織の代謝不良を放置しないために、意図的に代謝を起こそうとする施策です。
組織を成果を出すための仕組みとして捉えれば、役割と人員を整理する判断として理解できます。
「守られること」を期待する“位置ズレ”
この議論で浮き彫りになるのが、会社と社員の位置関係に対する認識のズレです。
識学では、上司と部下、会社と社員の位置関係を明確に整理します。その前提として、社員は「成果の一部が給与として社員に還元されるものであるため、社員は会社の求める成果を出すための責任を追う」立場にあると考えます。
組織の中で誰が何に責任を持ち、何を基準に評価されるのかを明確にします。
一方で現実には、次のような前提が意識的ではなくても共通認識になっていることがあります。
- 会社は終身雇用を前提に定年まで雇用を保障するものだ
- 成果が出ない期間があっても、居場所は残るはずだ
- 長年勤めたという事実自体が、評価の対象になる
これらは価値観の問題ではなく、組織と個人の位置関係をどう捉えているかという認識の違いです。
「会社はずっと雇ってくれるはずだ」「定年まで面倒を見るべきだ」という考えは、識学の観点では社員側の位置ズレ(甘え・錯覚)に他なりません。
この前提に立つと、本来は結果と役割によって見直されるべき関係が、在籍していること自体を根拠に維持されやすくなります。
会社にぶら下がり、成果以上の給与を得ている状態が固定化すると、在籍していること自体が守られる理由になってしまいます。
こうした状態は既得権益化ともいえます。
社員側がこの認識を持っているとネクストキャリア支援は、施策全体が突然の方針転換や一方的な決定のように受け取られやすくなります。
一方、企業側はあくまで、「どの役割が必要か」「その役割に対して成果が出ているか」
という基準で人員を見直しています。
この基準と、社員側が前提としている認識が噛み合わないままでは、制度についてどれだけ説明を重ねても受け取り方は変わりません。
議論が平行線になるのは、そのためです。
「飼い殺し」こそが最大の残酷
ここで、少し視点を変えて考えてみます。
ネクストキャリア支援について、感情的な評価や印象論で語られることが少なくありませんが、比較すべきなのは、施策の印象ではなく人が置かれる状態です。
リスクが高いのは、役割も成長機会もないまま組織に留まり続ける状態と、一定の退職金と時間を確保したうえで市場と向き合う状態のどちらでしょうか。
識学では、前者の状態をより危険だと捉えます。
役割のない状態で組織に留まり続けると、自身の市場価値を測る機会を失い、環境変化に備える判断が後回しになっていきます。
その結果、事業環境の変化や組織再編などをきっかけに立場や役割の見直しを迫られたとき、取れる選択肢が限られてしまう状況に陥ってしまいます。
この点を踏まえると、ネクストキャリア支援は単に人を組織の外に出すための施策ではなく、組織と個人の次の選択肢をつくるための施策だと捉えられます。
見方を変えれば、組織の中で通用する役割しか用意できなかったこと、あるいは市場で通用する力を十分に育てられなかったことに対する企業側なりの責任の取り方ともいえるでしょう。
一定の退職金や時間を確保したうえで次のキャリアへ送り出すことは、社員を抱え込むのではなく、自立して市場と向き合う機会を与えるという選択です。
識学の観点では、これは「最後の教育」ともいえます。
なぜなら、組織という保護された環境を離れ自分の力だけで選択を迫られる状況に置かれて初めて、人は自分がどのような結果を出せているのか、どの役割で価値を提供できるのかと向き合うことになるからです。
識学では成長の機会も与えず、役割もないまま人を会社に居座らせる「優しい社長」こそが結果として社員を不幸にすると考えます。
その優しさは守っているようで、実際には社員が市場と向き合う機会を奪い、変化し成長する可能性を閉ざしてしまうからです。
居場所を与え続けることよりも、現実と向き合う機会を与えることのほうが、結果として個人の変化や成長につながる場合も少なくありません。
あなたの組織は「代謝」できているか?
「ネクストキャリア支援」についての議論は、言葉の印象に引っ張られやすくなります。
しかし、今回の議論で問われているのは「ネクストキャリア支援」という言葉の是非そのものではありません。
企業がどのような前提で人員を見直し、その判断をどう示しているのか。そこに対する不信や違和感が、反発として表面化しています。
識学の前提に立てば、組織は目的達成のための機能体です。
環境が変われば必要な役割が変わり、役割が変われば人員構成が変わる。
代謝が起きない組織は、必要性が下がった役割や人員を認識していながらも、見直しを先送りする判断が積み重なり、その結果として競争力が削がれていきます。
一方、個人の側でも同じ前提整理が求められます。
「会社が守ってくれる」という前提でキャリアを組み立てていると、市場で自分の価値を確かめる機会を失っていきます。
今回のニュースに強い違和感や不安を覚えたとしたら、それは、自分が提供している結果と会社から受けている評価の関係を見直すタイミングなのかもしれません。
ここで改めて、組織として問うべきことはシンプルです。
・役割は明確になっているか
・結果と評価は結びついているか
・環境変化に応じて役割やスキルを更新できているか
そして個人側も、同じ問いから逃れることはできません。
・今の役割は、組織の目的に対して何を生み出しているか
・その価値は、社内だけでなく市場でも通用するか
ネクストキャリア支援は、善悪で判断するための制度ではありません。
問われているのは、組織が環境変化に応じて代謝できているか、個人が役割と結果に向き合い、自律できているかという前提です。
感情論に流されず、組織を前提と構造から見直せているかどうか。今回の出来事は、その点を浮き彫りにしています。
識学はまさにそのための理論として、組織と個人の位置関係、役割、評価を整理してきました。
あなたの組織やキャリアは、今の環境に対して、きちんと機能しているでしょうか。
識学では、「組織の代謝」「役割の明確化」「結果と評価の関係」といった前提を、
構造として捉えるための具体的なメソッドを公開しています。
感覚や印象論に流されず、組織と個人の役割や評価の前提を整理したい場合には、是非識学のコラムなどをご覧になってみてください。









