会社の売却を考える際に最も重要な要素は何でしょうか。
売却後に社員やお客さまがどのように扱われるのか、社名やブランドのサービス名はどうなるのか、もしくは経営者自身の処遇についてなど、経営者が気になることはたくさんあるはずです。
しかし、一番大事なのはやはり売却金額でしょう。
現在識学社でM&Aコンサルティングを行っている筆者は、2001年に起業し、20年間会社経営をした後売却した経験のある、元経営者です。
恥ずかしながら告白すると、私自身、会社の価値(値段)がどのように算出されるものなのかよく分かっていませんでした。
現職に就き、会社の売却意向があるオーナー経営者の方々と話をしていても、自社の価値やその計算方法についてご存じない方が大半です。
これらが分かっていないと、高く売るための準備ができません。
本記事では、これから会社の売却を考えているオーナー経営者に向け、より高い値段で会社を売却する方法についてお伝えします。
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目次
まずは会社の価値を知る
売却を決断し、いざ交渉相手の候補が見つかった段階でも、「自社の値段はどの程度なのか」を知らずにいる人がいます。
自社の価値を知らずにどのように交渉するのでしょうか。
相手が提示した金額をただうのみにするのか、仲介会社が算定した金額で交渉するのか。
実際はそういう人が多いですが、皆さんが大切に育ててきた会社を他人の言うがままに売却してよいのでしょうか。
もちろんいけません。経営者は誰よりも正確に自社の値段を知っておく必要があります。
会社の値段は、計算方法がいくつかあります。ここでは代表的なものをご紹介しておきます。
EBITDA倍率法
この方法では、EBITDA(営業利益+減価償却費+支払利息+税金)を基にして企業価値を算定します。
業界標準のEBITDA倍率を適用し、EBITDAにその倍率を乗じることで企業価値を求めるのです。
業界や企業の特性によって倍率は異なるため、類似企業やマーケットトレンドを参考に適切な倍率を選択します。
営業キャッシュフロー法
これは、将来のキャッシュフローを基にして企業価値を算定する方法です。
将来のキャッシュフローを予測し、それらのキャッシュフローを現在価値に割り引いて総合的な企業価値を算出します。
割引率は、企業のリスクレベルや市場の利回り率などに基づいて決定されます。
比較売却法
この方法では、過去の同業他社の売却価格や類似企業の取引データを参考にして企業価値を算定します。
同業他社の売却価格や企業の指標(売上高、利益率など)を比較し、類似企業の取引データを使用して相対的な企業価値を推定します。
正確な企業価値を算定するためには専門家の助言を受けることも必要ですが、概算の計算くらいは自分でできるようになっておくことが理想です。
会社の売却に際し、もっとも重要な価格の部分を他者に依存することのないようにご自身でも勉強しておくようにしてください。
自社の価値を算定してみると「この程度にしかならないのか」とがっかりする経営者が多いものです。
というのも、会社を売却したいと考えている場合、業績が芳しくないケースが多いからでしょう。
しかし、価格が安くても業績が悪い会社を買いたいという人は稀です。
M&Aの業界では「売りたくないときが売りどき」という言葉があります。
買い手目線で考えれば当たり前ですが、「買ってすぐに利益が出る(出ている)」会社がよいに決まっています。
わざわざ業績が悪い会社を買えば、そこの事業の立て直しから入らなくてはならないので時間がかかるからです。
関連記事:事業売却のメリットとは?株式売却との違いから売却相場、手続きまでを徹底解説
会社の価値を上げるにはどうすればよいか
そもそも、会社の価値は突き詰めれば利益と将来性の二点が評価されて決まります。
それは市場の評価である株価としても表現され、利益が出ている(収益性が高い)会社は株価が上がっていきますし、利益が出ていなくても将来性を見込まれて株価が上昇するケースがあるのと同様です。
つまり、会社を高く売ろうと思えば会社の価値を上げる必要があり、それは利益を出すことと将来性を見せることが必要になります。
利益を出すには事業の収益性を高めることです。
そのためには、コスト削減や効率化の取り組み、既存サービスの売上拡大を図り、新たな収益源の開拓などを行います。
将来性を高めるには、第三者から見て期待が持てる状態にしなくてはいけません。
そのために必要なのが「経営のビジョン」。つまり会社の将来像をしっかり描くことです。
「わが社は将来業界ナンバーワンの売り上げを誇る会社になる」
「5年後には100店舗まで展開する」
「地域で最も利用者の方に幸せを実感してもらえるサービスを提供する」
上記のようなビジョンを達成、実行するための経営戦略や成長戦略を策定します。
その戦略に基づき、数字を落とし込む、つまり事業計画や経営計画を作ります。
これをすることで、買い手は会社の将来を共有でき、そのビジョンに共感し、その夢や目標を共有することで買う価値を感じてくれるのです。
売り手側の経営者が勘違いしがちなのは、過去をよく見せようとすることです。
「これまでに〇〇人が来店してくれた」
「大手企業と取引した実績がある」
「ピーク時の売上は〇〇円まであった」
といった具合です。
しかし、M&Aで評価されるのは未来についてです。過去にどれだけの実績があったのかはそれほど評価されません。
その会社が将来どれだけの収益を生み出してくれるのか、そこが評価ポイントになるのです。
それ以外にも、「特許を持っている」とか「他社にはないサービスをやっている」にもかかわらず、「会社の価値が付かない」「評価されない」と嘆いている経営者も多いです。
これも同様で、その特許やサービスが将来どれだけの収益を生み出すのか、それが明確になっていない限りはそれらは評価されないでしょう。
本当によい特許やサービスであれば、それがどう収益に結びつくのか、それを描いてあげるのも売り手の仕事と言えます。
会社を売るための準備をする
会社を高い価格で売却するためには、売却に向けた適切な準備を行う必要があります。
基本的には高く売るための準備と、安くならない準備があります。
高く売るための準備とは、すでに記載してきた通り企業価値を上げること、収益を上げることです。
もう一つの安くならない準備というのは、減額の要望を出されてしまう要素をなくしておくということです。
買い手企業は、売り手企業を買うに値する会社か、もしくは買ったあとにトラブルが発生するようなリスクはないかを調査します。
これがデューデリジェンスです。
デューデリジェンスにおいて、買い手は売り手企業内に購入後のリスクになることを発見したらそれを事前に解消させようとします。
仮に、そのリスクを内包したまま購入するとしたら購入金額の減額を要求してきます。
減額で済めばまだよいですが、最悪買収交渉の決裂という事態にもなりかねません。
従来、M&Aでは買い手企業が売り手企業をデューデリジェンスすることが一般的ですが、そうなるとどうしても売り手企業は受け身の状態になってしまいます。
どうせ調査され、指摘を受けるくらいなら自分で先に行っておくという考え方があり、これを「セラーズ(売り手)デューデリジェンス」と呼びます。
売り手企業が先にセラーズデューデリジェンスを行うことで、減額交渉に至る流れを防ぐことができます。
セラーズデューデリジェンスの内容
ここからは、基本的なセラーズデューデリジェンスの概要をお伝えします。
財務デューデリジェンス
財務記録、納税申告書、契約書、その他の財務文書を提供し、買い手企業が包括的な分析を行えるようにします。
デューデリジェンス中に特定されそうな財務上の矛盾や問題に対しては、満足のいく説明や明確な回答を用意しておきます。
法務デューデリジェンス
法的文書、契約、許可、ライセンス、訴訟履歴の記録を洗い出しておきます。
財務デューデリジェンスと同様に買い手企業に指摘されそうな法務上の矛盾や問題に対しては、満足のいく説明や明確な回答を準備しておきます。
特に中小企業の場合は契約書や議事録(株主総会、取締役)が不完全な場合が多々あります。これらも抜け漏れがないようにしなければなりません。
事業運用上のデューデリジェンス
生産プロセス、サプライチェーン管理、在庫、顧客契約などの運用情報に関するデューデリジェンスです。
売却後の事業継続性を確保するために、サプライヤー、販売代理店、パートナーなどの主要な関係に関する情報を共有します。
知的財産デューデリジェンス
特許、商標、著作権、企業秘密などの知的財産資産を確認できるようにします。
会社の知的財産権の侵害または異議申し立てに関連する懸念に対処します。
知的財産資産を保護し強化するために講じられた手順を実証できるようにしておきます。
従業員と人事のデューデリジェンス
従業員の契約、福利厚生、組織構造など、従業員に関する情報を提供します。
紛争、係争中の訴訟、潜在的な責任など、労働関連の問題に対処します。
労働法、規制、および従業員関連の義務を確実に遵守し、売却後のトラブルにつながらないように善処しておきましょう。
株主構成や売却先の選定
これら以外に注意すべき点としては、売り手企業の株主構成です。
少人数で会社の株を100%保有している場合はさほど問題になりませんが、2~3回の相続をへて株主が細かく分散しているケースもよくあります。
会社の売却はすなわち株式の売却になるので、全ての株保有者との売却交渉が必要となります。
それだけでも大きな手間となりますが、会社によっては株主名簿をきちんと作成・更新していなかったために、株主と各株主の正確な持ち株数が分からないという会社もあります。
そうなると会社の売却自体がままなりません。株主名簿はしっかりと作成しておきましょう。
そして、会社を高く売却するための最後のポイントは、「売却先を複数検討する」ということです。
複数の売却先を検討することで、競争が生まれ、価格を引き上げる可能性があります。
実際問題として会社の売却はセンシティブな話なので、誰彼構わず打診するという方法はおすすめしませんが、できる範囲のなかで複数社に競争してもらえる状況をつくれるようにしましょう。
金額面だけではなく、自社のビジョンや文化に適合する買い手企業を見つけるチャンスが増えます。
もちろん高く売ることは大切で、売り手のオーナー経営者にとってはこれまでの経営の集大成とも思えることかもしれません。
しかし、自らが心血を注いできた事業と、そこでともに働いてきた従業員が買い手企業に移ることになります。
移った先の企業文化が以前と大きく異なると従業員が苦しむことになります。
お金だけではない価値も見て売却先を決めることを忘れないでください。
会社を売却するという機会は人生の中で何度もあるものではありません。
むしろたった1回の人がほとんどかと思います。そのたった1度の機会しかないので、ある程度の満足のいく結果を求めるのならそれなりの準備が必要です。
私自身、会社を売却するときは5年くらい悩みましたし、同時に準備も進めました。それでも十分だったとは思っていません。
準備を始めるのに早すぎることはありません。来たるべき日のために今のうちから準備しておくことをお勧めいたします。