目次
はじめに
ベーシックインカム(basic income)とは、国民全員に対して、政府が無条件に生活に最低限必要であると考える現金を定期的に支給することを言います。ただし、その定義は様々で時代の変遷とともに変わってきています。ベーシックインカムのは、長年の間政策上の幻想のようなものでした。しかし、ここ数年、ベーシックインカムはそれほど突飛な話ではなくなってきており、現在では、世界中で多くの限定的なベーシックインカム・プログラムが実施されています。この記事では、ベーシックインカムについて、その歴史的な変遷も踏まえながらわかりやすく解説していきます。
ベーシックインカムを簡単にいうと?
ベーシックインカムには、多くのモデルがありますが、その核心は、すべての個人が他の収入や富に関係なく、条件なしで受け取る定期的な現金の支払いにあります。支給額は、労働年齢の大人、子ども、年金生活者ごとに異なるケースもあります。ベーシックインカムは、基本所得制、基礎所得保障、基本所得保障、最低生活保障、国民配当と呼ばれることもあれば、頭文字をとってBI(basic income)やUBI(Universal basic income)などとも略されることもあります。
ベーシックインカムの目的は、貧困を減らし、市民の生活の質を高めることです。2022年1月の時点で、ベーシックインカムモデルを導入している国はありませんが、最も困窮している個人を支援するために特別に設計されたベーシックインカムのプログラムを開始した国はいくつかあります。ベーシックインカムのモデルは、財源や分配額など様々な提案がなされています。現在の日本では、社会保障制度として65歳以上に支給される「年金」や失業者に支給される「失業保険」、生活困難者に支給される「生活保護」など、規定の条件を満たす場合にのみ適用される現金給付制度はありますが、健常な状態で労働が可能な人は、基本的に給付の対象にはなりません。ベーシックインカムはこうした社会保障とは大きく異なり、失業していなくても、生活に困っていなくても、無条件で全国民に一律の現金を給付する制度です。
ベーシックインカムの支持者は、多くのベーシックインカムのパイロットプログラムが、就学や雇用の増加、コミュニティの健康増進、経済的安定性の向上をもたらしており、失業請求やアルコール依存などの負の特性の増加は見られないと指摘しています。また、ベーシックインカムによって、大学生はお金になる学位だけでなく、自分の興味のある分野の学位が取得できると主張する支持者もいます。支払いは自動的に行われ、資格審査も必要ないため、政府が福祉を管理する時間は今より少なくなるとされています。
しかし、ベーシックインカムの反対派は、この制度を全国規模で実施するためには、すべての人に増税をしなければ資金を調達できないと主張しています。さらに、ベーシックインカムを受け取るための条件(雇用証明や就職の意志)がないため、人々の労働意欲をそぐ可能性があります。また、無料の所得はインフレを引き起こし、貧困を減らし、全体的な生活水準を向上させるというベーシックインカムの目的を台無しにしてしまう可能性もあります。
過去40年間、フィンランド、カナダ、米国、ブラジルなど多くの国においてベーシックインカムが議論されてきました。多くの政府や民間団体が、ベーシックインカムの現実的なコストや、貧困対策としての効果を見極めるためのパイロットプログラムを実施してきたのです。
ベーシックインカム・アース・ネットワーク(Basic Income Earth Network: BEIN)のように、世界各国でベーシックインカムの推進と実施に尽力する団体も誕生しています。BIENは、以下のようにベーシックインカムを定義しています。
定期的:定期的に支給される
現金払い:クーポンやバウチャーではなく、現金として配布される。
個人:すべての世帯だけでなく、成人したすべての国民に支払われます。
ユニバーサル:状況に関係なく、すべての国民に支払われます。
無条件:雇用形態などの条件なし
こうした条件を満たすものをBIENはベーシックインカムと呼びますが、ベーシックインカムには様々な定義があり、時代によっても異なっているのが現状です。
ベーシックインカムの各国の事例
以下では、ベーシックインカムの導入事例を紹介していきましょう。
ノルウェーのベーシックインカム
に対し教育、国民皆保険、そして社会保障や給付という形で収入を得ることを保証しています。しかただし、金銭的な給付を受けるには、やはり特定の条件を満たさなければなりません。たとえば、仕事を探すこと、法律を守ること、選挙に参加すること、税金を納めることなどが挙げられます。
米国におけるベーシックインカム
米国では、ベーシックインカムの試験的なプログラムは10近く実施されています。その中で最も長く続いているのがアラスカ恒久基金で、1982年から州の石油・ガス収入の一部(年間約1,000〜2,000ドル)を国住民一人一人に支給しています。
2020年大統領選における民主党の候補者の一人であったアンドリュー・ヤンは、「Freedom Dividend」と呼ばれるベーシックインカム計画を掲げて選挙戦を展開しました。Freedom Dividendは、今後10年間でアメリカの労働者から3つに1つの仕事を奪うことが避けられない自動化の進展に対応するものです。
ヤン氏の計画は、アメリカの成人一人一人に毎月1000ドル(年間1万2000ドル)の「部分配当」をするというもので、支援には十分だが、受給者が働くのをやめてしまうほどには多くないというものでした。
フィンランドにおけるベーシックインカム
2016年、フィンランドでは無作為に選ばれた2,000人の失業中の市民を対象に、それぞれ毎月560ユーロ(約6万8000円)のベーシックインカムの実験が開始されました。この金額は、参加者がそれまで失業手当から受け取っていた金額より50ユーロ多いだけでしたが、参加者はより幸せに、より健康になったと報告されています。また、失業者であることを証明するための事務的な作業から解放されたことも評価されました。
ブラジルのベーシックインカム
ブラジルは、ベーシックインカムを他のどの国よりも公然と支持してきたと言えるかもしれません。2004年に設立されたベーシックインカムの社会プログラム「ボルサ・ファミリア」は、ブラジルの最も貧しい25%(またはそれ以上)の人々に一定の給与を支給し、食料、学用品、衣類、靴の購入を支援するものです。また、サント・アントニオ・ド・ピンハル市では、5年以上居住した住民に市の税収の一部を支給する、世界初のベーシックインカム制度を導入しています。また、別の地域でも、2008年からベーシックインカムのパイロットプログラムが実施されており、データによると、特に子どもたちの生活環境、健康、住宅の質、栄養状態の改善につながっているとのことです。
ベーシックインカムの構想は昔からあった
ベーシックインカムのコンセプトの起源をたどると、16世紀のトーマス・モアに行きつきます。トーマス・モアは著書『ユートピア』の中で、ベーシックインカムの考えについて触れています。『ユートピア』の中で描かれた世界は、食料収穫・食料保管をみんなで行い、必要なときに誰でも自由にそれを引き出せる理想郷でした。富をみんな全員で共有・分有するということが書かれており、その考え方がベーシックインカムの起源となっています。それ以降も、ベーシックインカムの考え方は現在に至るまで形を変えながら提案され続けてきました。
その考え方の変遷は次のようにまとめることができます。
- 基本的構想の出現(トーマス・モアのユートピア)
- 条件の範囲内で(無条件で一定)富を権利として手にできるという構想(ベーシック・キャピタル)の出現
- 上記2つの構想を合わせたベーシックインカム構想(現代)
このように、ベーシックインカムの考えそのものは新しいものではないものの、ここ数年までは周辺的なアイデアに留まっていました。しかし、現在では各国政府がその実現に向け、より真剣に取り組み始めています。2008年のリーマン・ショックの後、イーロン・マスクのようなシリコンバレーの大物からベーシックインカムが支持されたことで、このアイデアへの関心が再燃しました。
1597年の「救貧法」
トーマス・モアが『ユートピア』を執筆したのは1516年のことです。トーマス・モアは食べ物、住まい、教育という、生きていく上で最低限必要なニーズを満たせるだけのお金をすべての人に与え、貧困を根絶するというアイデアを出しました。しかし、トーマス・モアが構想した理想郷としてのユートピアが現実のものとなるには時間を要しました。
トーマス・モアが構想したユートピアを実現するような制度が初めて誕生したのは、1597年のことです。当時イギリスでは、領主や地主などのお金持ちが農民から農地を取り上げ、その土地を塀で囲い込むエンクロージャー(囲い込み)が進んでいました。その結果土地を失った農民が都市に移住するようになり、彼らの貧困に悩まされるようになっていたのです。
もともと、イギリスでは、国王が命令して教会から徴税した資金をもとに貧民に救済するというキリスト教的慈善心に基づいた慣行で貧者救済が行わていました。しかし、そうした慣行だけで彼らの貧困問題を解決できなくなったことため、1597年には、最初の総合的な救貧法(Act for the Relief of the Poor 1597)を制定しています。さらに、1601年にエリザベス救貧法として知られる救貧法改正がなされています。しかし、エリザベス救貧法は決してユートピアを実現するような制度ではありませんでした。エリザベス救貧法は、貧しい児童の就業、労働不能者・老人・盲人などの救済を、教区(教会の行政単位のことで、1人の司教が管轄する地域)の責任で行うこと定めると同時に、労働意欲のない貧民への懲罰、監獄への収容について定めており、この意味で、従来の抑圧政策を継続するものの延長に過ぎなかったのです。
1795年の「スピーナムランド制」
さらに進んで、イギリスの社会福祉制度の一つとして、スピーナムランド制(1795年-1834年)が実現しました。スピーナムランド制は、ベーシックインカムの先駆と言われる制度です。当時のイギリス(イングランド)では、様々な救貧制度が整備されていて、スピーナムランド制度はその制度の一つにすぎませんでした。
スピーナナムランド制は、最低生活費の保証を目的とし、すべてのものに生存可能な水準の所得を与えるとし、低賃金労働者の収入を引き上げるために賃金への補助金、児童・家族手当が導入されました。しかし、スピーナムランド制は労働意欲を低下させる結果に終わり、税負担を増大させる結果に終わりました。
社会主義思想の中のベーシックインカム
その後、19世紀にも断続的にベーシックインカムの構想が生まれました。1848年には、ベルギーの思想家ジョセフ・シャルリエが、地代を財源とするベーシックインカムを考えました。同じ年に、ジョン・スチュアート・ミルが、労働のできる人にもできない人にも最小限度の生活費を割り当てることを提案しています。シャルリエやミルがベーシックインカムの導入を主張した40年後、1888年に米国の作家であり社会主義者のエドワード・ベラミーが、ベーシックインカムに近い制度を構想しました。
近代社会福祉制度の誕生
啓蒙思想が誕生し、イギリスで誕生したエリザベス救貧法のような社会福祉制度は、1900年代の福祉・社会保障システムの発展にも深くかかわっています。近代の福祉国家は、世界恐慌と第二次世界大戦の焼け跡から生まれました。アメリカ大陸、ヨーロッパ、イギリス連邦の各国政府は、経済の再建を図るため、補助金やサービスの提供を通じて、貧しい市民の福利厚生に積極的な役割を果たすようになったのです。 第2次世界大戦後、1940年代から1970年代まではイギリスにおける「福祉国家の発展期」と位置付けられます。この頃にイギリスの福祉制度は拡充されました。「揺りかごから墓場まで」という言葉に代表されるように、イギリスの社会保障制度は世界各国の目標となったのです。イギリスは、完全雇用の実現と社会保障の拡大、給付水準の引き上げを行い福祉国家となりました。貧困の再生産を防止する観点から児童貧困の解消を大きな課題として取り組むなど、世界で最も進んだ社会福祉制度を持つ国家となったのです。こうした福祉制度は生活水準を向上させたものの、ほとんどの場合、給付を管理し、受給者が厳しい資格基準を満たすことを確認するために、巨大な官僚機構を必要としました。その結果、誕生したのが、福祉国家と呼ばれる国家と官僚機構なのです。
現代のベーシックインカム
ベーシックインカムの現代的な起源は複数あると言われています。一つが、カナダの思想家であるクリフォード・ヒュー・ダグラスのいう「国民配当」(公的な収益の分配)です。
もう一つが、ノーベル賞受賞者でもある米国の経済学者ミルトン・フリードマンが『資本主義と自由』で提唱した「負の所得税」にあります。「負の所得税」とは、低所得者が現金の給付を受けられる制度です。全員が給付を受けるわけではないことから、ベーシックインカムとは根本的に異なっていると言われるものの、ベーシックインカムと負の所得税は現金を給付するという意味で同じ効果を持っていると言われています。
国民全員に無償で現金を給付するイメージから、ベーシックインカムは、共産主義・社会主義的だとして批判されることがあります。しかし、ベーシックインカムを導入するケースでも、経済は自由主義経済で行うことが前提とされています。したがって、ベーシックインカムは決して共産主義的あるいは社会主義的な制度ではありません。
ベーシックインカムが話題になったわけ
2021年、日本でも国民への生活支援で一律10万円の直接給付が行われたことは記憶に新しいでしょう。これに加え、菅義偉前政権の経済政策のアドバイザー役の竹中平蔵氏が、成長戦略会議でベーシックインカムを提唱したこともあって、改めてベーシックインカムが注目されました。ここからは、ベーシックインカムが話題となった経緯について詳しく説明していきます。
コロナによる政策:10万円給付が行われた
コロナ禍の緊急経済対策として国民全員に一律10万円が支給されました。2020年に行われた特別給付金の給付は、当初、貧困世帯だけに30万円の給付を行う案が検討されていました。しかし、世論の強い反対を優先して、より簡素で迅速に給付できる一律10万円を国民全員に給付するに至りました。
成長戦略会議の構成員である竹中平蔵氏が言及
元総務相を務め、現在はパソナグループで会長も務める竹中平蔵氏は、2020年にベーシックインカムについて持論を展開しました。竹中氏は、当時の政権を担っていた菅義偉首相と親しい関係にあると言われており、コロナ禍で「ベーシックインカム」が導入されるのではという噂がありました。竹中氏は、政府の諮問会議議員などに名を連ねており、菅首相のブレーンのように一部で報道されています。こうした事情から、ベーシックインカムの導入があり得るものとして考えられました。
ベーシックインカムはなぜ必要なのか
ベーシックインカムは、昔から何度もその必要性が訴えられてきました。それでは、現代においてなぜベーシックインカムは必要なのでしょうか。ここからは、ベーシックインカムの近い将来の意義について議論を進めていきましょう。
AIの発展により職がなくなる人が増加する可能性がある
ベーシックインカムが必要な理由の一つとして、今後、AIの発展によってを失う人が増加する可能性があるからです。
米国では、すでにITが中間所得層の仕事を奪うという現象が生じています。これは中間所得層に限った話ではなく、高所得層の仕事も奪いはじめているという現実があります。たとえば、従来は高所得層であった証券アナリスト、資産運用アドバイザーといった金融関連の仕事について、すでにAIが導入されており、その導入に伴って高所得層の仕事もなくなりはじめているのです。ロボットにAIを組み込むことができるようになれば、現在、肉体労働に従事していることの多い低所得者層の職も奪われることが考えられます。このように、AIの発展は多くの人を職を奪う可能性があるのです。
職がなくなる人が増えれば、貧困者だけを補償するのでは不十分となります。すべての人は等しく貧しくなっていく可能性があるからです。そのため、普遍的な社会保障制度としてベーシックインカムを導入する議論を始める余地があるのです。
低所得者が増加したから
日本でも、相対的に所得の低い世帯が増えてきています。これは日本社会の構造変化によるものです。厚生労働省が毎年実施している「国民生活基礎調査」によれば、日本の所得金額階級の世帯数は大きく低い方にシフトしていることが確認でき、中央値も100万円近く低下しています。こうした状況から、低所得者の増加も、ベーシックインカムの必要性を高めています。
ベーシックインカムのデメリット、問題点
どんな社会制度でもそうであるように、ベーシックインカムにもデメリットや問題点があります。ここでは、ベーシックインカムのデメリットと問題点について説明していきましょう。
ベーシックインカム以外の社会保障制度がなくなる可能性がある
ベーシックインカムはまず、その財源を確保しなければなりません。現在すでもに社会保障費が増加していることが問題となっているにもかかわらず、ベーシックインカムを実現しようとすれば、さらなる社会保障費の増大を招くことになります。社会保障費を増やせない現状で、ベーシックインカムを導入するということは、他の社会保障制度を削るしかありません。
税制改革が必要になる
すでに説明したように、ベーシックインカムの実現にはどうしても財源が必要です。ベーシックインカムは政府による給付です。政府は、現金を給付するためにはその財源が必要となりますが、ベーシックインカムを行うための税金を課せばベーシックインカムに意味はありません。直接的対価がない政府による税金の賦課にすぎないのです。つまり、ベーシックインカムと税金(財源)は切っても切れない関係なのです。ベーシックインカムのために財源を設けようとすれば税制改革が必要となり、そのための手続きにかなりの社会的コストがかかることになります。
個人の責任が大きくなる
ベーシックインカムが給付されたあとのことは個人で判断しなければなりません。
この意味で、ベーシックインカムは「お金だけ配る最小国家」を目指すリバタリアニズム(自由至上主義)の制度とも言われます。しかし、見方を変えれば、国のさじ加減で私たちの生活基盤が根本から左右されてしまう、究極のパターナリズム(家父長主義)という面があるのです。生活保護も失業手当も年金も、現在の社会保障制度が全部ベーシックインカムに一本化されたとして、国の決定で給付金額が引き下げられたらたいへんです。
ベーシックインカムに反対の声もある
上で説明してきたように、ベーシックインカムには良いことばかりではありません。以下では、ベーシックインカムについての反対の声を紹介していきます。
ベーシックインカムはディストピアに過ぎない?
ベーシックインカムによって実現する社会はディストピアに過ぎないという主張もあります。
たとえば、生活保護を無くし、ベーシックインカムによって財源を確保するとしたらどうでしょうか。生活保護以外に収入源を持たない人々は、月に一定額のベーシックインカムだけで生活することになります。そこに、現在の生活保護がカバーしている住宅・医療・教育などの費用は含まれてはいません。完全にベーシックインカムだけでの生活は、経済的にジワジワと健康や体力や気力を奪い、やがて死へと追い詰められるようなものなのです。しかも、ベーシックインカムによって生活のための資金は提供されているわけですから、その後のフォローは何もありません。全てが自己責任だからです。生活保護という社会福祉制度は、単に資金を提供するだけの制度ではなく、生活に困窮した人が、自立した生活ができるようになるのを支援する制度です。生活を安定させるために、住宅手当が支給され、医療費が無料となり、就労のための教育などがパッケージとして提供されているのです。
ベーシックインカムは、これらのパッケージとしての制度を無くし、資金の提供というだけで生活困窮者を支えようとする社会なのです。このような社会は、ユートピア的な社会であるというよりも、ディストピア的な社会に過ぎないのではないでしょうか。
ベーシックインカムはリバース年金に過ぎない?
金融の世界には、住宅資金を借りて後で返済する住宅ローン(モーゲージ)の順番を逆にして、住宅を担保にして生活資金を借り、後で住宅を売って資金を返済する「リバースモーゲージ」と呼ばれる商品があります。ベーシックインカムも、のリバースモーゲージに過ぎないという主張があります。すなわち、自分自身を担保にしてベーシックインカムという生活資金をもらい、後で自分自身を売って(労働を提供して)資金を返済する(納税する)だけだという主張です。
今後日本で導入される可能性はあるのか
日本では、特別給付金として10万円が支給されたこともあって、ベーシックインカムに対する注目が高まりました。無条件で国民に一律10万円が支給されたわけですから、これは定期的ではないにせよ、ベーシックインカムであるということができます。しかし、ベーシックインカムに対しては、すでに見てきたように、根強い反対意見もあるのです。一方で、社会保障制度を組み替えてベーシックインカムを導入するのではなく、所得税制度の組み換えで給付付き税額控除の導入であれば、今後、日本でベーシックインカムが導入される議論は進展する可能性があるでしょう。
実際、給付付き税額控除はすでに欧米で導入されています。米国において給付付き税額控除は、勤労を条件として低所得者に一定の減税・給付を行うものです。この制度は、米国では勤労税額控除(Earned Income Tax、EITC)と呼ばれています。これに似た制度は、英国でも導入されており、英国ではユニバーサルクレジット(Universal Credit)と呼ばれています。給付付き税額控除は、一定額を納税額から差し引き減税する制度で、減税額より納税額が少ない人には確定申告してもらい、その差額を振込む仕組みの社会福祉制度です。税額控除を通じた所得税計算と一定額の給付を組み合わせた仕組みなので、正確な所得税計算が必要となりますが、必要な人に必要なだけの資金を提供できるというメリットがあります。給付付き税額控除制度はベーシックインカムと同じ効果を持ちながら、勤労意欲を削ぎにくいことから、ベーシックインカムよりも導入しやすい社会福祉制度として期待されています。
まとめ
ベーシックインカムは夢物語というわけではありません。ここ数年欧米を中心に実現に向けての動きが巻き起こっているのも確かです。新型コロナウイルスの世界的な流行の結果、各国では様々な給付金が支給されました。これは、ベーシックインカムの考え方に近いものです。このように考えると、ベーシックインカムは思いほか実現不可能な考えではないのかもしれません。