グローバル化が進展する中、ビジネスは軽々と国境を超えるようになりました。グローバル企業はもちろんですが、今や国内でも仕事の多くが世界に対応しています。日本の会社でも、世界各国に顧客を持っていたり、生産拠点がアジア各地にある、という会社が増えています。
目次
「世界をありのままに見る」ことの難しさ
どんなビジネスでも、「現状を正確にありのままに把握すること」が、ビジネスパーソンに必須です。その判断材料として私たちはメディアを見たり、専門家の話を聞いたりします。特にリーダーとなる人には、需要や現状を正確に把握することが必要とされます。
ところが、いくらメディアや専門家の話を聞いている人でも、「正確に世界を見ること」が、実はとても難しいとしたらどうでしょうか。
「多くのビジネスパーソンが、世界について間違った認識をしている」という内容の衝撃的な本が、今ベストセラーになっています。
それが今、ビジネスマンの間で話題の「FACTFULNESS(ファクトフルネス)10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣」(日経BP)です。
賢い人ほど世界の真実を知らない
では、人々はなぜ先入観を持って世界を見てしまうのでしょうか。
この書籍では世界の事実を多くの人がいかに「読み間違えているか」を知らせてくれます。
日本語版の表紙には「賢い人ほど世界の真実を知らない」とありますが、本書には実際に世界についての簡単な質問が出てきます。
本書によれば、これらの簡単な質問に、多くの国の「賢い人たち」ーー教師、大学教授や科学者、投資銀行のエリート、ジャーナリストたちが正答できていない事実が浮かび上がってきます。そしてその正答率は、「チンパンジー以下である」というのですから驚きます。[1]そもそも、正確な現状認識なしに、ビジネスは成り立ちません。
さらに読み進めていくと、メディアや専門家の話を聞いているだけでは、事実やデータの見方そのものが間違ってしまう可能性があるからくりが見えてきます。
なぜ世界を誤って見てしまうのか
ではなぜ私たちは、世界を間違って見てしまうのでしょうか。
この書籍では人間の持つ「10の思い込み」について説明しています。まず紹介されているのが「世界は分断されている」と思い込む「分断本能」です。
人は誰しも、さまざまな物事や人々を2つのグループに分けないと気がすまないものだ。そして、その2つのグループのあいだには、決して埋まることのない溝があるはずだと思い込む。これが分断本能だ。世界の国々や人々が、「金持ちグループ」と「貧乏グループ」に分断されているという思い込みも、分断本能のなせるわざだ。[1]
日本でも同様に、「日本人とアフリカの人たちの暮らしぶりは違うはずだ。あの人たちは貧しく、私たちは豊かだ」と漠然と考えている人は多いのではないでしょうか。しかし実際のところ、世界の9割の人たちが今や中程度以上の経済状況の国に住んでいるのだそうです。
世界の全人口の85%は、以前「先進国」と名付けられた枠の中に入っており、残りの15%のほとんどは2つの枠のあいだにいる。いまだに「途上国」と名付けられた枠内にいるのは、全人口の6%、たった13カ国だけだ。[1]
東南アジアの暮らしも同様です。私の住むマレーシアに日本からくる方には、「こんなビルがたくさん立ち並ぶ都会だとは思わなかった」と驚く方が多いのです。そして訪日観光客が増え、日本の観光に飽き始めている人もいるというと、「信じられない」という顔をされます。
ところが、そのマレーシアに住む私もマレーシアより「貧しい」とされる国についての思い込みがあるのです。旅行博で、日本から来る旅行会社の人に「今はフィリピンやバングラディッシュからの訪日観光客が増えている」と聞いて驚いたことがあります。私自身に「フィリピンで日本に来られるのは一握りだろう」という思い込みがあったのです。
こうした思い込みが、「発展途上国でインバウンドが伸びている」という単純な事実から目を背けさせてしまうわけです。当然、そのためにビジネスチャンスを失うこともあるでしょう。
また、本書では、「パターン化本能(ひとつの例がすべてに当てはまるという思い込み)」についても紹介されています。
人間はいつも、何も考えずに物事をパターン化し、それをすべてに当てはめてしまうものだ。しかも無意識にやってしまう。偏見があるかどうかや、意識が高いかどうかは関係ない。人が生きていく上で、パターン化は欠かせない。[1]
つまり、人間の本能として、物事をパターン化してしまう癖があるわけです。
こうした「癖」が実際のデータを見えにくくして、時にはとんでもない間違いや失敗を呼び込んでいまうわけです。
例えば、私たちは日本での常識を海外に当てはめて考えようとします。これはときに大変に危険です。
よくマレーシアでも日本から来た会社がイベントなどで「良かれと思って」ビールや日本酒を振舞っているのを見かけます。実は、お酒を飲まないムスリムの多いメディアなどでは、こうした行為は嫌がられ、クレームに発展することすらあるのです。同じように、顧客の味やパッケージについての好みも、日本とは相当に異なります。
旅することが救いになる
パターン化や単純化は、メディアやSNSで拡張され、再生産され、誤ったまま伝わっていきます。それが今の世界で起きていることだと筆者は主張するわけです。
パターン化は、メディアの十八番である。パターン化がメディアにとって手っ取り早い情報伝達の手段となり、それが誤解を生み出している。[1]
ではどうしたら、この罠から抜けられるのでしょうか。著者は「10の思い込み」を意識するほかに、一つの答えとして、「できるだけたくさん旅をすること」を挙げています。
認識を切り替えるには、できるだけたくさん旅をすることだ。スウェーデンのカロリンスカ医科大学で公衆衛生を学ぶ学生を、わたしがレベル1からレベル3の国々に連れていくのはそのためだ。学生たちは現地の大学で講義を受け、病院を訪問し、現地家庭に滞在する。何事も自分が身をもって経験するのが一番なのだ。[1]
私自身も、まだ発展途上国のイメージが強かった1990年代にマレーシアに来て衝撃を受けました。マレーシア人に訪日観光意欲が非常に強いこと、可処分所得が増えていること、多くの中流家庭でメイドを雇っていることを知り、それまでの「発展途上国」のイメージを覆されたのです。
実はちょっとした「旅」をして現実を見るだけで、見えてくる事実というのは、かなりあるのです。
まとめ
日本市場が縮小していく中で、世界に目を向ける企業が増えています。どこの国に出店するか、どこの市場を狙うかと考えるときに、リーダーが「正確に地図を読める」ことは大切です。この本の紹介している「10の思い込み」に気づき、世界を「ありのままに見る」ことは非常に重要になっていくでしょう。
[adrotate group=”15″]筆者:のもときょうこ
早稲田大学法学部卒業。損害保険会社を経て95年アスキー入社。その後フリーとなり「ASAhIパソコン」「 アサヒカメラ」編集者を経て独立。著書に「いいね!フェイスブック」(朝日新聞出版)「日本人には「やめる練習」が足りない」(集英社)。編集に松井博氏「僕がアップルで学んだこと」「企業が帝国化する」。マレーシアでは「マレーシアマガジン」編集長として主にマレーシアの観光に関して発信する傍ら、PRや地方自治体の営業、イベント企画などに関わる。
参照
[1]「FACTFULNESS(ファクトフルネス)10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣」(日経BP)