日本経済は2013年のアベノミクスのスタートから2018年中盤まで好景気が続きましたが、2019年に入って各種の経済指標で悪い数字が出始めています。このままあの「失われた20年」に逆戻りしてしまうのでしょうか。
各業界や企業はそうならないよう懸命に取り組んでいますが、それは「対処療法」になっていないでしょうか。
日本経済が本当の強さを取り戻すためには、今ここで弱さを直視しておいたほうがよいでしょう。病巣を正確に把握しておかないと正しい治療方針は立てられませんし「根本治療」は望めません。
本稿では、複数のデータと指標を読み解いて、日本の弱点を明らかにします。
そのうえで、どう戦うかについて考えていきましょう。
目次
「日本は今とても弱い」ことを示すエビデンス
生活の不摂生によってみるからにメタボ状態なのに、すぐに生活習慣を改善しない人がいます。企業やビジネスパーソンも同じで、「日本は今とても弱い」といわれてもすぐに対策に乗り出すことはまれですが、エビデンス(根拠、証拠)があれば、危機感が醸成され行動のモチベーションが生まれるでしょう。
日本の弱さを示す数字を紹介します。
悪化が目立つ2019年の経済指標
2019年の日本経済の状況を、各種の経済指標から概観していきます。
内閣府は2019年5月、国内景気の基調判断を6年2カ月ぶりに「悪化」に引き下げました。ただ政府は、景気後退とはみていません。悪化したのは、外需の低迷で生産や輸出が落ち込んだためであり、景気が腰折れしたわけではない、と考えているからです。
しかし、最有力経済ウォッチャーである日本経済新聞は、内閣府の基調判断を「(景気の)後退局面にある可能性が高い」と分析しています[1]。
これがエビデンスその1です。
エビデンスその2は日経平均株価の低調ぶりです。アベノミクス前夜の2012年の日経平均は1万円を大きく割り込んでいました[2]。ところが2013年に入ると一気に1万5千円を突破し、2015年には2万円の大台に乗りました。そして2017年と2018年には、2万4千円を超える展開もありました。
ところが2018年12月に2万円を割り込み、そこから少し回復したものの2019年6月もなかなか2万1千円台に乗せることができていません。
都合、2012年から2019年にかけて、1万円→2万4千円(2.4倍)→2万1千円(12.5%減)という乱高下したことになります。
日本経済新聞はついに2019年5月31日、日経平均が2万円割れとなる可能性を示唆しました[3]。その根拠は次のとおりです。
・国内の株価押し上げ材料が乏しい
・引き続き米中貿易摩擦に振り回される
・中国経済が2019年後半に持ち直すというシナリオが崩れつつある
・アメリカの株価がさらに下落するシグナルが出ている
世界競争力は30位
今が悪くても、将来に希望が持てればその目標に向かって邁進するだけですが、日本の競争力が世界30位ではそれもままならないでしょう[4][5]。
スイスのビジネススクールのIMDが2019年版の世界競争力ランキングを発表し、日本は前年の25位から5つ下げて30位でした。日本の30位が相当深刻であることは、中国14位、タイ25位、韓国28位という結果からも明らかです。
調査対象は63の国と地域で、トップ10は1位シンガポール、2位香港、3位アメリカ、4位スイス、5位UAE、6位オランダ、7位アイルランド、8位デンマーク、9位スウェーデン、10位カタールでした。
日本にとって30位は、比較可能な1997年以降最低の順位ですが、そのことより深刻なのはその内容です。
このランキングは235の経済指標などを分析しているのですが、そのうちのひとつである、経済を押し上げるために欠かせない「ビジネスの効率性」において、日本は46位でした。効率性が悪ければ、仮に長時間労働をしても成長しません。
さらに、未来に深く関わる「起業家精神」「国際経験」「企業の意思決定の機敏性」「ビッツデータの活用・分析」はすべて最下位の63位でした。
古いエンジンを積んで世界最高峰の自動車レースF1に出場するようなものです。付け焼き刃や対処療法では、日本経済が復活しないことは明らかです。
弱い世界3位
悲観的な数字を紹介していますが、日本の経済力は依然として世界3位です。1位アメリカ、2位中国に次ぐ世界3位であれば、それほど現状を憂う必要はないと考える人もいるでしょう。しかしその考えは楽観的過ぎます。
日本の世界3位は米中に引き離される3位であり、4位にその座をおびやかされている3位なのです。つまり、弱い世界3位です。
日本を猛追しているのは、優秀な頭脳を多く抱えるIT大国であり、中国と並ぶ巨大市場を持つインドです[6][7]。アメリカ、インド、中国がIT超大国なら、日本は普通のIT大国です。しかも日本は人口減に悩んでいるで、インドや中国のような「自前の市場」は望むべくもありません。
このままでは日本に勝算はありません。
どう戦略を打ち出すか
日本経済の弱さの実態を直視できたところで、どのように「根本治療」を目指すのか考えていきましょう。その戦略は、効果的なだけでは足りず、具体的でなければなりません。「具体的に何をすればよいのか」が戦略に盛り込まれていないと、実行に移すまでに時間がかかってしまうからです。
不調の日本企業をよそに、積極的に海外に出て稼いでいる企業があります。ソフトバンクです。
10兆円ファンドで有名な「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」に代表されるように、ソフトバンクは最早単なる「スマホの会社」ではありません[8][9]。そしてソフトバンクのビジネスは、欧米、中国、中東に広がっています。
ソフトバンクグループを率いる孫正義氏は「戦う領域を見直せ」と言っています。その真意に近付けば、日本経済の復活の鍵がみつかるかもしれません。
孫氏は「戦う領域を見直せ」と言う
ソフトバンクの会長兼社長である孫正義氏は、「戦う領域を見直せ」と発言しています。経営ではブレないことが重視されますが、戦う領域を見直すことはブレに相当しないのでしょうか。
ソフトバンクは常に戦う領域を変えてきました。ソフトウェアから始まったソフトバンクのビジネスは、出版、インターネット、携帯やスマホを含む通信、そして人工知能(AI)や自動運転車、半導体、太陽光発電にまで広がっています[10]。
つまり、戦う領域の見直しこそ、ソフトバンクの真骨頂ともいえるのです。
孫氏の視点で日本企業を観察すると、液晶で戦い続けているジャパンディスプレイや家電に特化してきたシャープなどの不振ぶりは、戦う領域を見直してこなかったから、となるのでしょう[11][12]。また日立製作所ですら、イギリスの原子力発電所の建設を断念して2,000億円以上の損失を計上することになりました[13]。これも、戦う領域の見直しが遅れたため、巨額の損失を被ることになったと解釈することができます。
現在の戦う領域は投資
孫氏が現在戦う領域に定めているのは投資です。2016年に設立した10兆円規模のソフトバンク・ビジョン・ファンドでは、サウジアラビア王国と組みました[9]。このファンドはAIや自動運転車などに投資を行い、ソフトバンクに1.3兆円もの利益をもたらしました。
そして孫氏は2019年5月、新たに10兆円のソフトバンク・ビジョン・ファンド2を設立することを表明しました[14]。
孫氏のファンドを使った投資は、いわゆる「単なる金儲け」でも「ハゲタカ」でもありません。その投資戦略は、トヨタ自動車を震いあがらせるほど巧みなものなのです。
「いつも先にいる」戦術
2018年10月、ソフトバンクとトヨタ自動車による事業提携の記者会見で、トヨタの豊田章男社長が「孫さんが必ず前に座っていた」と語ったのは有名な話です[15]。トヨタは自動運転車やネットと自動車をつなげるコネクテッドカーの開発に取り組んでいて、そのために関連企業と提携を結ぼうとすると、その会社にソフトバンクが投資していることが多かったのです[16]。
ではなぜ、通信やスマホの会社のソフトバンクが、自動車なのでしょうか。それは戦う領域の見直しを続けた結果ではあるのですが、「情報革命」という孫氏がこれまでブレずに突き進んできた事業と深く関わっているからです[17]。
ソフトバンクには「新30年ビジョン」があり、そこには「情報革命で人々を幸せにしたい」という理念が掲げられています。自動運転車もコネクテッドカーもインターネットを使うので、データなどの情報を頻繁にやりとりします。
つまり、トヨタの視点からみた自動運転車は「未来の自動車」ですが、孫氏の視点からみた自動運転車は「数ある情報サービスのひとつ」なわけです。
本業にブレることなく、戦う領域だけ変える
「戦う領域を見直す」と「情報革命で人々を幸せにしたい」という孫氏の2つの言葉からは、本業にブレることなく、戦う領域だけを変える戦略が浮かび上がります。
松下電器はパナソニックに社名を変え、家電のみの1本足打法から法人向けビジネス(BtoB)や住宅にも事業を広げています[18]。ソニーも映画などのエンターテイメント、プレイステーションのゲーム、銀行や保険の金融と、ウォークマン時代には想像できなかったビジネスに進出し、成功を収めています[19]。ホンダもジェット機の開発に乗り出し、すぐに世界1になりました[20]。
戦う領域を見直している企業は、勝ち組になっています。
総括~弱さを直視する勇気
かつての成功方程式が陳腐化してしまった以上、日本経済にはバージョンアップではなく全面刷新が必要です。しかし往々にして、全面刷新には過去の否定を伴います。成功者や成功した企業の社員たちはそれを嫌がります。
しかし「危なげな世界3位」から「揺るぎない世界3位」になるには、強い者でも自身の弱さを認めるには勇気が必要になります。
孫氏は「戦う領域を見直す」必要性を説きます。つまり、現在戦っている領域を捨てて新しい領域をみつけてそこで戦い直せ、といっているわけです。今戦っている領域の「弱さ」を直視すれば、それを捨てて新しい道を切り拓く勇気が湧いてくるでしょう。
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[1]景気判断6年ぶり「悪化」 まとめ読み
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO44755760U9A510C1I00000/
[2]日経平均株価
https://stocks.finance.yahoo.co.jp/stocks/chart/?code=998407.O&ct=z&t=ay&q=l&l=off&z=m&p=m65,m130&a=
[3]日経平均、2万円割れも視野、日米先行指数に弱気サイン
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO45521870R30C19A5EN1000/
[4]「日本の国際競争力30位」から見えてくる経営者の危機感
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00002/052900397/?n_cid=nbpnb_mled_epu
[5]日本の競争力は世界30位、97年以降で最低 IMD調べ
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO45399600Z20C19A5000000/
[6]インド、28年までに日独抜き世界3位の経済大国に 英金融大手が予測
https://www.sankeibiz.jp/macro/news/171018/mcb1710180500004-n1.htm
[7]インド市場、世界3位へ 20年にも日本抜く公算
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO37241060R01C18A1FFE000/
[8]ソフトバンク10兆円ファンド登場で激震のシリコンバレー、VCトップが語るその「破壊力」
https://www.businessinsider.jp/post-181780
[9]ソフトバンク、「10兆円ファンド」設立の驚愕 巨額オイルマネーがIT企業育成に流れ込む
https://toyokeizai.net/articles/-/140519
[10]ソフトバンク孫会長が指摘した日本企業最大の問題点
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00045/052200001/
[11]ジャパンディスプレイ、債務超過寸前…年内が山場、中国企業の傘下入りを国が後押し
https://biz-journal.jp/2019/06/post_28199.html
[12]鴻海とシャープの液晶生産会社、284億円の赤字
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO43340460U9A400C1916M00/
[13]日立、英原発事業を中断 2000億円規模の損失計上へ
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO39897670R10C19A1MM0000/
[14]孫正義氏が10兆円ファンドの第2弾設立を正式表明
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00002/050900333/
[15]トヨタ、MaaS時代への仲間づくり戦略「いつも孫さんが先手」
https://trend.nikkeibp.co.jp/atcl/contents/watch/00013/00123/
[16]トヨタ、販売店主体でのカーシェアサービスを展開-米Servco社とともにハワイ州でカーシェア「Hui」を開始-
https://global.toyota/jp/newsroom/corporate/23384790.html
[17]新30年ビジョン 発表会サマリー
https://group.softbank/corp/about/philosophy/vision/next30/
[18]法人向け商品・ソリューション・サービス一覧
https://www.panasonic.com/jp/business.html
[19]今のソニー「外見はスマート、中身はオオカミ」
https://business.nikkei.com/atcl/report/16/022300204/022300003/
[20]2年連続で世界首位の「ホンダジェット」、いつ黒字になるの?
https://newswitch.jp/p/16626