ふがいないリーダーのもとで、部下はどう働けばいいのか?

昨年発売した、拙著『リーダーの仮面』がおかげさまで売れておりまして、17万部を突破しました。ありがとうございます。

本の感想とともに、いくつか質問をいただいておりますので、今日はそれにお答えしたいと思います。

Q : ダメなリーダーのもとにいる部下はどうすればいい?

まずひとつめのご質問です。

【質問】
『リーダーの仮面』を読んで、ふがいないリーダーのもとで働く意味を考えることができました。ふがいないリーダーのもとで、どう働き、高い評価を得ればいいのでしょうか?

お答えしましょう。

まずそういうことを言っているからダメなんです。

「部下が上司を評価するな」という話なのです。その時点でNGです。

この方は、いまの上司のことが嫌いなのでしょうか……。

たしかに「まったく識学を知らない感情的なリーダーのもとでやっていくにはどうすればいいのか?」というのは、よく聞かれることです。

私はそのたびにこう言っています。

「いまはその上司のもとでやっていくしかない。あとは、とにかく情報を上げ続けなさい」と。

部下は、意思決定ができません。

上司のやり方に不満があっても、それを変えるという決定はできない。できないことについて不満を持っていても仕方がないのです。

部下ができることは、上司に対する情報提供です。

上司に正しく意思決定をしてもらうために、ちゃんと情報を上げ続ける。それしかありません。とにかく、現場で働いていて必要だと思った情報を、根気強く上に報告し続けることです。

Q : 組織の中で「個性」は必要ない?

2つめのご質問です。

【質問】
個人の違いや強みは、組織の中では活かさないほうがいいのでしょうか?

いやいや、そんなことはありません。

個人の違いや強みというのは、仕事をやるなかで「勝手に出てくる」ものです。

まずリーダーの仕事は、会社の勝利のために必要な「機能」を設定することです。その機能に「責任」を伴わせて、部下に任せていくわけです。

その責任をどうやって果たすのかは、部下が自分で考えます。そこで個人の違いや強みは勝手に出てくるものなのです。

大切なのは個人の違いや強みのほうに組織の機能を合わせにいってはいけないということ。

まず機能があって、そこに個人が合わせる。そのなかで、個人の強みを生かす場面が出てくる。

この順番をまちがえないことが、とても重要なのです。

「個人の強みよりも会社の機能が先だ」というと「それだと切り捨てられる社員が出てきてしまうのではないか?」と聞かれることもあります。

「枠組みありきで人を当てはめていくので、いらない人が出てきてしまうんじゃないか?」と。

でも、それは逆だと思うのです。

本来はいらなくなってしまうかもしれない人が、枠組みに合わせることで会社に居続けられるのです。社員には、会社の機能として成長していくことを求めます。

組織側は、枠組みをつくって「この機能が必要です」と決めた上で「これをやってください」というだけ。「あなたはこの機能にそぐわないから、いらないです」ということは一切ありません。

識学の基本的な考え方としては、「人間はみんな同じだ」ということです。「人間は全員成長できる」という考えのもとでやっています。

だから「たとえその人が枠組みに合わなくても、合う状態をつくっていく」のが、会社側の責務でもあるのです。

Q : なぜいま「識学」が必要とされているのか?

3つめのご質問です。

【質問】
識学という経営思想の基礎が知りたいです。現代社会において、なぜ識学が必要とされているのでしょうか?

まず誤解されがちなのですが識学は「思想」ではなく「ロジック」です。

識学で言っていることの結論だけを聞くと、思想のように聞こえるのかもしれません。しかし、識学は「組織を強くするための仕組みであり、ロジック」です。

現代社会において、なぜ識学が必要か? 私なりに回答します。

いまの日本には自分の権利ばかりを主張する人たちが増えています。メディア報道の傾向も含めて、そういう風潮になってしまっている。

会社においても、社会においても、自分が果たす「責任」以上の「権限」を得ようとする人たちが増えてきているように思います。

そうなってしまうと組織のしくみ上、国も会社も強くなりません。すると結果的に個人が獲得できる利益もどんどん少なくなっていく。

一人ひとりが豊かな生活をするためには、国や会社がしっかり統制がとれていて、潤っていないといけません。

全体が豊かにならない限り、個人が豊かになるのは不可能なのです。

それに気づいた人が「識学」や『リーダーの仮面』に共感してくれているのではないでしょうか。

個の利益が優先されすぎるようになったのは、「インターネットやSNSによる弊害」という側面もあります。

たとえば「部下のモチベーションを上げてあげよう」などと、耳障りのいいことを言う人たちがいます。昔はそういう「組織や会社にとってよくないこと」を主張する人の力は、そんなに強くありませんでした。

でもSNSの登場で、そういう意見によって得をする人たちが横につながって力を持つようになりました。それはSNSの弊害のように思います。

全体が弱くなったら、結果的にみんな損をしてしまう。逆に全体が強くなれば、自分も得をする。

多くの現代人には、その感覚がないのです。

「自分たちさえよければいい」と思っている。自分がもらえるお金の原資がどこから来ているのか、きちんと考えている人が少ないように思います。

Q : 上司の権利ばかり認めるとバランスがとれなくなる?

次のご質問です。

【質問】
上司の権利を過剰評価することによって、社内のバランスがうまくとれないときが出てくるのではないでしょうか?

自分が納得できるかどうかにかかわらず、上司の決定には従わなければならない。たしかに、それが識学の考え方です。

ただ、それは決して「上司の権利を過剰評価している」わけではありません。

大切なのは「その上司にも責任が伴っている」ということです。

上司が決定した内容についての責任は完全に上司にある。その感覚が乏しいと、このような疑問を持つのでしょう。

権利にはかならず責任が伴っていなければバランスはおかしくなります。

もしかしたら質問者の方の上司は、決定権があるにもかかわらず、その決定の責任を、さらに上の上司から追求されない状態になっているのかもしれませんね。それはマズいです。

「責任」と「権限」はセット。これが大原則です。

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引用元:安藤広大/株式会社識学 代表取締役社長note「ふがいないリーダーのもとで、部下はどう働けばいいのか?」