上司が業務の指示を出すと、「それって、強制できないですよね?」「合理的な理由はありますか?」と返す社員。
指示に従わない。ただし、感情的に反発するわけでもない。声を荒げるわけでもなく、淡々と自分の正論を並べる。
このような振る舞いは相手の主張の前提を突き、議論で優位に立つスタイルで知られる西村博之氏を連想させることから「ひろゆき系社員」と呼ばれることもあります。
「論破系社員」とも揶揄されていますが、もしあなたの会社にこのような社員がいたらどうしますか。
今、令和2年9月に東京地方裁判所が下した、上司の指示に反論を繰り返した新人社員をめぐり、会社側が行った解雇が無効と判断された裁判例が改めて注目されています。
目次
指示に理屈で反論する「論破系社員」
「論破系社員」とは、上司の指示に対して感情的に反発するのではなく、「それは強制できるのか」「合理的な理由はあるのか」と、理屈で問い返す社員を指す言葉です。
声を荒げるわけでもなく、感情的に対立するわけでもない。
ただ、指示の前提や正当性を問い続けるため、結果として業務が前に進まなくなる。
今回話題になっている判例も、まさにこのタイプの新人社員をめぐるケースでした。
社員が悪いのか、会社が悪いのか。その議論に意味はない
指示に反論を繰り返した新人社員の解雇をめぐって、、多くの議論は「この社員は問題なのか」「会社の対応が無能だったのか」という二択に収束していきました。
確かに、どちらの立場にも言い分はあります。指示に従わない社員に問題があるようにも見えるし、対応を誤った会社側にも落ち度はある。
ただ、この問いの立て方自体が、問題を見誤らせています。
そもそも、この出来事は、どちらが悪いかを決める問題なのでしょうか。
問題は、誰が悪かったかではなく、業務の指示が議論に置き換わり、判断が先送りされ続けた結果、やり取りがここまでこじれてしまった点にあります。
部下の意見を聞くから、論破が始まる
業務の指示においては、実行の可否を部下の意見で左右しないことが原則です。
やる・やらないの判断は、指示を出す側が行います。
これは、部下を無視しろ、発言させるな、という意味ではありません。
上司が業務の指示を出す。部下がそれに対して「合理的な理由はありますか」「それって強制できるんですか」と問い返す。
そこで上司が説明を始め、納得させようとし、議論に応じたとします。
この瞬間から、論破が始まります。
この時点で起きているのは、役割の逆転です。
上司は「決める人」ではなく、「説明する人」になってしまう。
その瞬間、指示は命令ではなく、合意が必要な提案に変わります。
そうなれば、部下の行動は一つです。納得できないと言い続けること。前提を問い、論理の穴を探し、議論を引き延ばすこと。
議論をし続けると仕事がまったく進まなくなります。
実は、論破は社員の性格が生み出しているものではありません。
部下の意見を前提に判断する組織構造が、そうした行動を生むのです。
決定を下す人がいて、その決定を前提に実行する人が動く。
意見がある場合もまずは指示された業務を実行し、その結果をもとに上司が判断する。
本来、それが組織構造のあるべき姿です。
ところが、最初から意見を聞くことを前提にしてしまうと、これは指示なのか、相談なのか、議論していい話なのかが分からなくなります。
その結果、本来は上司が持つべき決定権が、部下に奪われている状態に。議論だけが蔓延し実行は後回しになります。
論破系社員が特別なのではありません。
論破できてしまう余地を、組織の側が用意しているだけです。
議論しない。説得しない。やらなければ評価を下げるだけ
会社やるべきことは、実はとてもシンプルです。
議論しない。
説得しない。
目標を達成できなければ、評価を下げる。
ただ、それだけです。
なぜなら、部下の目標とは、会社が市場で価値を発揮するために不可欠なピースだからです。
ここで改めて、組織における「給与」の仕組みを正しく理解する必要があります。
給与の源泉と「マンモス」の比喩
識学では、組織の利益獲得を「狩り」に例えます。
かつて原始の時代、人々が集団でマンモスを狩ったのは、一人では倒せない大きな獲物を得るためでした。
現代の会社も同じです。市場というフィールドにいる「マンモス(利益)」を獲るために、人々は組織を作ります。
ここで重要なのは、「給与」は上司が恵んでくれるものではなく、仕留めたマンモスの肉(市場から得た利益)の分配であるという点です。
市場: マンモスという獲物がいる場所
会社: マンモスを獲るための機能集団
部下: 狩りの一翼を担う役割
部下が「なぜこの指示に従わなければならないのか」と議論を吹っ掛けるのは、狩りの最中に「なぜ右から追い込む必要があるのか、納得させてくれ」と手を止めるようなものです。
そんなことをしていれば獲物に逃げられ、全員が飢える(給与が払えなくなる)だけです。
議論も説得も不要な理由
上司は「マンモスを倒すため」の作戦を立て、業務の指示を出します。
やるべき理由の説明は最低限でいいし、納得させる必要もありません。「これはやる仕事だ」と伝えたら、あとは実行させるだけです。
もし部下が「合理的な理由はありますか」「強制できるんですか」と問い返してきたとしても、そこで議論に応じる必要はありません。
再度、指示を確認して期限と期待する結果を伝える。
部下は、与えられた職責をそのとおりに果たせばよく、その結果に対する最終的な責任は、指示を出した上司が負います。それ以上のやり取りは不要です。
それでもやらなければ、「マンモスを仕留めるための機能を果たさなかった」という事実に基づき、評価を下げる。
感情的に叱る必要もなければ、人格を否定する必要もありません。
ただ、やるべきことをやらなかったという事実を、淡々と評価(分配の減額)に反映させるだけです。
このやり方では、論破は成立しません。なぜなら、議論する相手がいないからです。
説得される必要もなければ、論理で勝つ意味もない。
マンモスを獲るために動くか、動かないか。選択肢はその一点のみです。
論破を生むのは「意見を聞く」という設計だ
部下の意見を聞かないというのは、発言を封じることではありません。
決定権を誰が持つのかを明確にすることです。
そのうえで、何をやったのか、何をやらなかったのか、何を成果とするのか、評価に直結する判断基準を言語化しておきます。
つまり、部下の意見を聞かないとは、指示を議論に変えずに組織全体が迷わずに動ける状態をつくることともいえるでしょう。









