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はじめに:誤解だらけのDX推進
経済産業省が18年に「DXレポート」を発表。デジタルトランスフォーメーション(DX)という用語は市民権を得た。
新聞紙面等メディアで登場しない日はなく、企業でも様々な取り組みがなされている。
しかしながら、23年7月に公表された上場企業のDX責任者への調査によると、「十分に推進できている」と回答した割合は7%にとどまった。
課題も多く、実効性のある取り組みになっていない現状が露呈した。(日本経済新聞朝刊23年10月11日)
DX推進においてよく見聞きする言説は以下の通りだが、根本的な原因とは言えないだろう。
- DX推進は専門家が必須
- DX推進は社員のリスキリングが必須
- DX推進はプロジェクトリーダーの力量次第
- DX推進は抵抗勢力がいると進まない
結論、このような全社にまたがるプロジェクト推進に難が生じている企業は、組織マネジメントに構造的欠陥がある。
つまり現行戦力でも十分、DX推進は可能だということである。
- 『ズーム?THE BOOM(ザ・ブーム)のことか?「島唄」のロックバンドの話か?』
- 『DX?ダウンタウンの長者番組か?』
コロナ禍初期から序盤、こうした都市伝説のようなエピソードが各所で聞かれたが、さすがに3年を経てここまでのデジタル化へのリテラシー不足は解消されたように思える。
まずは筆者が実際に携わった中小企業におけるDX推進の実録から見てみよう
Ⅰ:中小企業、DX推進の実録
以下は、筆者が取締役としてハンズオンで経営支援に参画した中小製造業における実際に起きたDX推進にまつわるやり取りである。
倒産の危機にあった同社は支援開始から2期連続で売上・利益ともに10%以上の成長を遂げ事業再生を果たした。
最初に結果から述べると、この出来事は地場新聞1誌、全国紙2誌、HR系大手企業の機関誌掲載、などメディア露出多数にわたる事例となった。
またクラウドサービス供給業者からは中小企業におけるナンバーワンユーザーとして共創関係にあり日々昨日のブラッシュアップに貢献している。
全国から、同サービスの検討企業や導入後停滞企業、官公庁が見学にくるという状態である
肝心の費用対効果も、ROI約10倍の生産効率改善を果たしQCD向上に寄与している。
…何をやったのか。
結論「機械図面のデジタル化による生産性向上」である。
生産性阻害要因のセンターピンを捉える
図面のデジタル化がDXと言えるのか?と読者の方も思われるかもしれない。
正確に言うなら、デジタル化によってQCDの向上を果たし、顧客への提供価値をあげた事例と言った方がいいだろう。
単にデジタル“に”トランスフォームしたのではなく、デジタル“で”トランスフォームする、という本来の意味合いを達成したのだ。
私は経営支援の序盤で、オペレーションレベルでの生産性阻害要因は何か?というテーマに対し、ほぼ確信的に「図面が紙であること」だと思った。
創業から約60年、図面の総枚数30万枚超。量産品ではない機械製造を行っている同社では、図面をベースに営業・調達・設計・製造・アフターサービスといったすべての実務が展開されていた。
全機能が図面中心に進行していくにもかかわらず、それらの管理が紙中心であることは想像以上に各所で非効率を生んでいた。例えば、10年前の機械について顧客からの不具合があった場合、担当者が図面の探索に1時間とか、そんなことがザラだった。
新規の受注があった場合「この機構、前に設計したような・・」と“記憶頼み”。
“属人頼み”な仕事の進め方が一般化していた。
そしてこれらの無駄な作業が、各所で時間生産性を食いつぶしていたのだ。
図面管理とは「顧客管理」であった
解決策を模索する中、出会ったのが図面データ活用クラウド。
(【参考】図面データ活用クラウド「CADDi DRAWER( キャディ ドロワー )」)
デジタル化により設計では類似の機構を即時検索可能、類似図面の種類が多ければ標準化の促進となる。
営業も図面の原価情報を比較し、顧客への見積り提出をスピードアップ。
製造現場においても加工不良情報を一元管理しカイゼンの精度・速度向上、と全部署の生産性向上が期待でき、数千万~億円の設備投資よりも投資効果は高いと判断し導入を即決定した。
DXなど抜本的改革に際して、コストや効果を懸念して現状維持するケースは多いが、情報感度を高めると意外と簡単に問題が解決することが多い。
問題解決の手段は世の中にほぼ出揃っていて、そのコストは驚くほどリーズナブルだ、という視点を持つことが大切だ。
筆者「なんで図面を紙で運用しているのですか?」
製造部長「なんだかんだ言っても紙で見るのが早いです」
筆者「それは紙として手元にある場合ですよね? 手元に無い図面をすぐに閲覧できる必要はありませんか?」
製造部長「セキュリティの問題がありますからね、データ管理は設計に任せておくべきですね」
筆者「設計は図面開示要求に対し大変なんじゃないですか?」
製造部長「それを含めて設計の仕事ですよ。どれが正しい図面なのか判断する必要があるし、最新版管理だってしなくちゃいけませんから」
筆者「図面を見たい場合は印刷して渡すのですか?」
製造部長「CAD は専用のファイル形式があり、その CAD がなければ画面上で見られないので、結局は印刷するしかないんです」
筆者「紙代もかかりそうですね。利用された図面はどうするのです?」
製造部長「廃棄するか、その図面が必要な部門でファイル保存するか、利用する場所によって扱いは違います」
筆者「社内で流通している図面はどのようなものがあり、それを利用する人はどの程度いるのですか?」
製造部長「部品図、組立図、部分組立図、レイアウト図、電気図面、構想図、顧客図面など、ほぼ全ての部門が何らかの図面を利用しています」
筆者「これまでに作図された図面はどのくらいありますか?」
製造部長「……CAD を導入したのは 30 年前、紙と含めおそらく 約30 万枚かと」
筆者「30…万枚? それはどのように管理していますか?」
製造部長「データは設計のサーバーの中です」
筆者「全部ですか?」
製造部長「ここ数年の一部です」
筆者「他の図面は?」
製造部長「大体が紙として倉庫に保管してあります。他はフロッピーディスクや個人のパソコンのフォルダなどでしょうか」
筆者「保管された 30 万枚の図面は有効活用できていますか?」
製造部長「流用したり参考にしたり、というのは個々でやってるはずです」
筆者「あくまで活用は個人の範囲ですか?」
製造部長「上司が記憶している物件などはアドバイスできるかと」
筆者「辞めた人の図面など、誰も覚えていない図面も多そうですね」
製造部長「生産管理システム上で、顧客データや製造番号などと一緒に使用された図面番号は記録されていますので調べようと思えば調べられます」
筆者「それは必要な図面をすぐに発見できるのですか?」
製造部長「図番さえわかれば、あとは設計にお願いして調べることができます」
筆者「部品のメンテナンス依頼が来た場合はどうしているのですか?」
製造部長「専門知識が必要な仕事なので、わかる人間が対応します」
筆者「その人が不在だった場合は?」
製造部長「その人を待つしかありません」
筆者「時間がかかっても?」
製造部長「仕方ありませんよ。これまでずっとそうやってきましたから」
なるほど思考停止だ。
今抱えている問題のほとんどは、解決できるソリューションが存在している。自身が無知であることを認識する必要がある。
製造部長「そもそも DX なんて知りません。まずはそういった人材を育成する必要があるのではないでしょうか?」
筆者「あのですね、DX なんて言葉自体はどうでもいいですよ。デラックスとでも認識していればいい。部長が知らなくても、やりながらあなたがDX人材になればいい。あと、知っている人に任せればいいし。あなたは決定するだけ。全体の指揮を執ってください。業者も大いにサポートしてくれます。製造部長、あのですね、いいからやってください。この問題がすべての部門の生産性向上をさまたげています。」
製造部長はこのとき、こう考えていた
「やっている感を見せればよい、やれない理由を明確にすれば論破できるだろう」 ここに至っても、そんなネガティブな思考に支配されていたことを思い出します。
図面 DX は導入する、と退路を断たれました。
そこからは行動、行動。図面を登録しなければ始まらない。効果性は抜きにして図面登録に集中した。利用促進はそれからだ。まずは図面登録。二か月で十万枚登録しよう。そうやって一つ一つ「行動する」事柄を決め、愚直に行動を取り続けました。
良し悪しも、成否も、費用対効果も考えず、私はただ「行動するべきことを決め」全社で「行動した」だけです。
実行し経験化してはじめて意識変容につながったのだと今では思います。
変わらないのは、変わりたくないから。変化は負荷。今さら新しいことなんかやりたくない。DXやITなんか、若い奴にでもやらせておけばいい。そうやって、あと数年、じっと我慢していればゴールに辿り着けると縮こまっていた自分でも、 行動するだけで変化できることを知りました。
DXもITもAIも、正直今でもよくわかっていません。
そんな流行や外来語溢れるビジネス用語なんか どうでもよかったんだ。そんな言葉が世代間の格差を生み、壁を作り、領分を設定してきたのです。小さな組織の中に存在する部門間の壁と同じです。
図面という社内の共通言語こそが、可視化され活用される情報ならば、図面を軸にした組織にすれば効率は最大化できる。そんな気づきに至ることができたのも行動し続けたからなのでしょう。
基本的には手順通りに行いました。
目標設定の明確化とモニタリングを週次で行うこと、序盤、“あるある”だが、従わない部門が出ました。
そうすると、すかさず社長から社長名で号令が出るんです。
「このプロジェクトは責任者が製造部長である。本プロジェクトにおけるすべての指示は製造部長の言が社長の名代だと意識して進めなさい。」
これが責任者決定と権限の付与なのか、と理解しました。
そこからは劇的です。弊社の歴史の中で生み出された図面を、資産として活用する。簡単に言ってしまえばそれだけのことですが、それを多くの場面で体感できているからこそ、 我々は今、導入した効果に胸を張れているのだと思います。
Ⅱ:DX推進に必要なマネジメント・リエンジニアリング
「DX人材とかどうしたのですか?」と聞かれるがそんな人材はまずいないし、必要ない。
コンサル業界やHR業界の仕掛けたワナにかかり余計なコストを支払うことのないよう留意されたい。
必要なことは明確な目標設定と責任者(プロジェクトリーダーの決定)、そしてそのリーダーに権限を社長が明確に渡す(印籠をさずける)ことの3点のみである。
出てくる嘆きは「部門間に意識のばらつき」「一向に進まない」などだが、あとはトップが「本件について全部門がPLの指揮命令に従って動きなさい」と言うだけなのである。
DXが進まないパターンがおおむね以下の通りだ。
- パターンA:そもそもDX自体が手段なのに目的化している、号令で終わっている
- パターンB:目標設定の必要性は認識されているがあいまい(言語化できていない、検証できない文言、つまり状態の定義が不明確で成果を評価できない)
- パターンC:明確な設定はあるが期限がない
- パターンD:A~Cを一定クリアしているが、定期モニタリング+改善が無く自然消滅
こうならないように、下記3点に注意してほしい。
- 目標設定を明確にする
- 責任者を決定する
- 責任者への権限付与
必要なのはDX人材でもなんでもない。ただこの3つを決め、進めるだけだ。
目標設定を明確にする
なんだ目標設定か、当たり前じゃないか、という印象を持つかもしれない。が、多くの場合ここで躓いている。
つまり、目標は期限+状態。
状態は期限時において〇×が検証可能なレベルで精緻にセットされている必要がある。
同社では具体的に指標を設定&モニタリングした。
- 図面捜索工数
- CAMプログラム作成工数
- 原価見積工数
- 納期遵守率
- 残業時間
これらをはじめてとして約20項目を具体的な期限とともに設定した。
項目ごとに週次・月次などのタームを設けて数値をモニタリング。サービス供給業者も月に2回サポートに入ってもらい担当者単位、部門単位でのクラウド利用状況を見るなど、具体かつ精緻に運用状態をチェックした。
所定の数値をショートしているものは対応策を考え、実行。この繰り返し。いわゆるPDCAだが、カイゼンは製造業のお家芸だ。
責任者を決定する
いわゆるプロジェクトリーダーの決定である。順番としては、リーダーの決定から①の目標設定をリーダー自身に考えさせるかたちでもよい。いずれにせよ、目標設定の整合性確認と承認はトップが行う必要がある。
コンサルティング実務の現場でよく目にするのは、
- リーダーが2名以上
- サブリーダーなどをつけている
前者は言わずもがなだが「船頭多くして船山に登る」であり、責任のなすりあいが起きる。
また、プロジェクトがなかなか進まないことに加え、終了時に誰が何の落ち度で失敗に終わったかの検証ができない。
後者は、サブの設置自体は否定されないが、ほとんどの場合、リーダーとサブリーダーの役割の設定があいまいだ。
サブリーダーに対して「リーダーサポートしてあげて」程度では機能することはない。設置するならサポートする、とは何を指すのか明確にする必要がある。
責任者への権限付与
プロジェクト推進の障害として、部門間のコンフリクトがある。
要は「言うことを聞かない」というものであるが、構造上、致し方ないのも確かだ。
ほとんどの場合、組織図上プロジェクトリーダーと各部門は並列もしくはプロジェクトリーダー職制が部門長よりも下、というケースも散見される。
通常の組織形態のままでは物事が進まないのは自明である。
繰り返すがリーダーの属人的能力の前に構造的に推進力を奪われているのだ。
ここはトップがプロジェクト推進にあたっての指揮命令系統を号令をかけて範囲限定により変更する必要がある。
先述の事例のように、「このプロジェクトは責任者が製造部長である。本プロジェクトにおけるすべての指示はリーダーの○○の言が社長の名代だと意識して進めなさい。」と厳命するのである。これがトップによるプロジェクトリーダーへの権限付与である。
注意点(補足):プロジェクトリーダーの王様化(既得権益化)防止について
プロジェクトリーダーの既得権益化(裸の王様化)がリスクだが、トップが主要指標のモニタリングを行い、違和感がある場合に現場を観察し不足を事実認識できる仕組みになっていれば防げる。
避けたいのは各部門の感情的or個人的見解の範疇から繰り出される“文句“に振り回されてはならないということ。部門横断である場合、各部門の通常業務に一定の負担がかかるのは織り込み済なので、文句がでるのは致し方ない。
これにすべて付き合っていては、DX推進の果実を得ることはない。
おわりに:DX推進は組織改革である
DX推進という全社横断プロジェクトは当該企業の組織力を試される事案であることがご理解頂けたであろうか。
少なくとも、ヒトモノといったリソースに多大なる投資をしなければ達成できない、ということが大きな誤解であることがイメージできれば幸いである。
結局は目標設定、責任者決定、権限付与、といった基本的な組織づくりの要素が重要なのであり、転じて通常のマネジメントにおいてもこうした要素が明確に設定されているか振り返る良い機会にしてもらいたい。