制度の導入を2019年にひかえ、まだまだ審議すべき項目も多い高度プロフェッショナル制度。この制度を正しく、社員と会社双方の利益のために運用するには、制度の意図をよく知ることだけでなく、企業の事前準備及びマネジメント力が必要です。
目次
高度プロフェッショナル制度とは
高度プロフェッショナル制度とは、『一定の年収以上』の『専門職労働者』に対し、『一定の条件』を満たす場合に、残業代の支払いがなくなる制度です。現在の法案では「一定の年収」は年収1075万円、「専門職」は金融商品の開発業務、金融商品のディーリング業務、アナリスト業務、コンサルタント業務、研究開発業務等を指します。「一定の条件」は職務の内容が明確になっていることや本人の同意があることなどです。一般に「高プロ」と略され、法案の内容から「残業代ゼロ法案」、「脱時間給制度」とも揶揄される高度プロフェッショナル制度とは、今ある裁量労働制やフレックスタイム制とどう違うのでしょうか。
裁量労働制との違い
高度プロフェッショナル制度と裁量労働制はよく似ていますが、その違いは「労働時間の概念があるかどうか」です。
裁量労働制とは労働者と企業との間で定めた「みなし労働時間」を給与支払いのベースとします。みなし労働時間以上の時間仕事をしても、残業代などが支払われない制度です。法定労働時間は週に40時間ですが、みなし労働時間が法定労働時間を超えているとその分は残業代として支払われる仕組みです。
例えばみなし労働時間を週5日9時間と決めた場合、週の労働時間は45時間になりますから、5時間は残業代がついた形で支払われるのです。
また、深夜勤務や休日勤務には手当がつくようになっています。このように、裁量労働制には「労働時間」という概念が存在しています。
しかし、高度プロフェッショナル制度では「労働時間」という概念が完全になく、一定の給与で、一定の成果を出さなくてはなりません。例えば、10個の業務をこなすのにAさんは週に80時間かかり、Bさんは20時間かかる場合でも、両者の給与額は変わらないのです。
フレックスタイム制との違い
フレックスタイム制はコアタイムを含む一定の時間勤務をするという業務形態です。高プロと似ていますね。
しかし、フレックスタイム制には労使協定で定めた「精算期間」以上の時間働くと残業代が発生します。精算期間とは「1か月に○○時間働く」というようにある一定の期間に何時間働くかを定めたものです。また、精算時間以内であっても深夜勤務手当は発生します。
対して高度プロフェッショナル制度では深夜に働いても、月にどれだけ働いても給与は変わりません。
導入予定は2019年4月
2019年4月の導入を目指す高度プロフェッショナル制度。2018年6月4日に参議院での審議に入り、6月12日に参院の厚生労働委員会では参考人から意見を聞く場をもうけました。参考人の一人である「ライフ・ワークバランス」社長小室氏は、「導入する企業のマネジメント力が問われる」と返答しています。[1]
国民からの強い反対意見も出ている現在、2019年4月の導入は難しいかもしれません。
アメリカのホワイトカラーエグゼンプション
日本の高プロ制度は、アメリカのホワイトカラーエグゼンプションシステムをモデルとしています。アメリカのホワイトカラーエグゼンプションでは、週給455ドル以上(アメリカでは週給で給与支払する会社が多い)でホワイトカラーエグゼンプション対象となり、会社側が残業代を支払わなくてよいことになっています。
しかし、業務の1割でも対象職種であればホワイトカラーエグゼンプション対象となり、専門業務をほとんどしていなくても残業代を支払わないメリットのみで雇用者が採用を強要するというような問題点もあるようです。
現在、アメリカのホワイトカラーエグゼンプションシステムは給与規定や職務要件の見直しを検討しています。[2]
高度プロフェッショナル制度が導入されたらどうなるか
賛否両論がある高度プロフェッショナル制度ですが、今わかっている法案がそのまま導入されたらどうなるのでしょうか。高度プロフェッショナル制度導入でのメリットとデメリットをご紹介します。
高度プロフェッショナル制度のメリット
残業すればするほど残業代が出るので、仕事効率の悪い人が高給をもらっているということもあった日本の会社システム。有能な人材が社外・海外に流出するのを防止するという目的で高度プロフェッショナル制度導入が目指されているものです。成果主義のたまものといってよい高度プロフェッショナル制度ですから、やはり労働時間の長短を問わない、同じ成果さえ出せば給与をもらえるというところにメリットがあります。
時間ベースではない新しい働き方
先にも述べたように、1日に10時間働いても3時間働いても、同じ成果であれば給与は一定いう考えに基づいた制度です。効率よく仕事をして短時間で終わらせれば、早く帰宅することもできます。
成果を出せれば場所を選ばない
高度プロフェッショナル制度を適用された労働者には、働く時間や場所を指示できないとする規定を盛り込むことが想定されています。就業場所の概念がないため、会社で仕事をせずに自宅やカフェで仕事をすることも可能です。自宅で仕事をするのであれば通勤時間や費用もかからず、労働者の負担を減らすことができます。
人件費のカットが可能
今まで残業代目当てに手を抜いて仕事をしていた又は残業をしていた場合、その従業員は残業するメリットがなくなります。仕事の効率を求めるようになり、結果従業員側も早く帰ることができ、会社側は余分な残業代を払うことがなくなります。
また、夜遅くの就業がなくなれば、事務所の光熱費も節約できます。
高度プロフェッショナル制度のデメリット
「残業代ゼロ法案」と揶揄されるのは、高度プロフェッショナル制度を悪用した場合に想定される問題点ゆえです。「どれだけ仕事をしても残業代がつかない」という点において、本来の目的とはかけ離れて悪用されてしまう可能性があります。
残業代ゼロで働かせ放題になる恐れ
残業代が支払われない高度プロフェッショナル制度ですが、現段階の法案では特定の職業の専門職で、なおかつ決められた業務を行うこととされています。
しかしアメリカで問題になっているように、全体の業務量のほとんどが決められた業務以外の雑務になった場合、業務量は無限ということになってしまいます。
無限に増え続ける業務を少しでも減らすために長時間の残業をする必要があるとすれば、それはこの制度のデメリットであり、本来の趣旨とかけ離れた使い方といわざるを得ないでしょう。
対象年収が1075万円から下がる可能性
現法案では平均年収の約3倍である年収1075万円以上という制約がついていますが、この金額がどんどん引き下げられていく可能性があります。
「収入が下がる」「残業代も出ない」では、本来の趣旨が生かされないばかりか、労働者の健康をむしばんでしまいます。
高度プロフェッショナル制度導入準備で試されるマネジメント力
法案ではメリットを主張していますが、デメリットも多く考えられる高度プロフェッショナル制度、「ライフ・ワークバランス」社長の小室氏のコメントにもあるように、この制度を導入する際には企業と管理職のマネジメント力が必要となります。
業務の棚卸
現状の業務内容や業務量・配分でそのまま高度プロフェッショナル制度を適用すれば、過労死の問題を払しょくすることはできません。業務の棚卸を行うことで、本来の「やるべき」業務に集中することができるようになります。
仕事の取捨選択
少し業務システムを変えればやらなくてよい業務や、これまでの惰性で続けているような業務はないでしょうか?業務を取捨選択して業務のスリム化を図らなければ、本来やるべき業務が埋もれてしまいます。その状態で高度プロフェッショナル制度を導入することは、労働者にとって非常に酷といえるでしょう。
仕事の振り分け
従業員に「何事も経験だから、とりあえずこの仕事やってみて」と多種多様な業務をさせていませんか?高度プロフェッショナル制度では、無際限に業務を振り当てないように「特定の業種に従事する労働者への決められた業務」を規定としています。コンサルタント業務に従事しているにもかかわらず、コンサルタント業務の傍ら本来の業務とかけ離れた経理事務や営業の仕事をさせているようでは、高度プロフェッショナル制度導入までの道のりは長いといえるでしょう。
労働者の意識改革
高度プロフェッショナル制度はこれまでの「労働時間」という概念が全くない新しい働き方。労働者の意識を変えなければ、時間をかけて高度プロフェッショナル制度の導入を検討したとしても、徒労となってしまうでしょう。
長時間労働との決別
高度プロフェッショナル制度は一定の成果に対して報酬を支払うという考えを基に成り立っています。長時間労働することが会社への貢献と考えている労働者もおり、高度プロフェッショナル制度はその考え方とは相反するものです。
会社方針として長時間労働との決別を示さなければ、高度プロフェッショナル制度の導入は難しいと考えられます。
特にマネジメントのカギとなる管理職には、「限られた時間で最大の成果を出す」というスキルと意識が必要です。
仕事に対する自主性を養成
高度プロフェッショナル制度では、誰かに指示されて仕事をするのではなく、自主的に仕事を行うことが求められています。しかしながら、自主的に仕事をした結果が会社の意図ややるべきことと異なっていたら問題です。
指示待ちせずとも、会社の意図に沿った業務を自主的にできるような社員の教育及び養成が必要です。
高度プロフェッショナル制度への理解
高度プロフェッショナル制度について、経営者自身もわからないことがたくさんあるかもしれません。しかしながらわからないまま自社に導入してしまうのは完全な見切り発車。経営者自身が間違った運用をしないよう、勉強会などに参加する必要があります。
また、社員への制度理解が不十分であると、制度適用社員とそうでない社員の間に見えない溝ができてしまう可能性があります。自分は8時間の労働をしているのに、専門的な任務についているとはいえ5時間しか働いていない社員が自分よりも高給を取っていたら、普通であればよく思いませんよね。
会社はチームワークが命。チームの輪を乱さないためにも、社員の中にも高度プロフェッショナル制度の理解を浸透させる必要があります。
業務の見える化を推進する
業務の進捗管理は、高度プロフェッショナル制度を適用する云々にかかわらず必要なことです。業務の棚卸や高度プロフェッショナル制度を適用された社員の進捗管理、そして場所を選ばずに仕事をしてもらうためにも、業務の見える化推進は大切な事前準備といえるでしょう。
業務の見える化とは具体的にどのようなものかを見ていきます。
業務進捗を共有する
業務の進捗を共有することは非常に大切です。高度プロフェッショナル制度で高給を払っているにもかかわらず、進捗について全く見えない状態で労働者に任せていた結果、1年たっても結果が出てこないというのは最悪です。また、上司に確認したいことがあるのに進捗が全く分かっていない上司に相談しても答えが出てこないというのは労働者側にとっても不幸です。
適度にミーティングを開く、あるいは業務進捗を確認できるツールを採用するなど、定期的に顔を合わせる又は顔を合わせなくとも進捗確認ができるシステムを確立しておきましょう。
文書の電子化を推進する
「重要文書は紙体でしか保存していないので確認のために出社する」となると、高度プロフェッショナル制度の自由性が奪われてしまいます。しかしながら、自宅で社外秘の文書を印刷される、外部PCからのアクセスで会社のシステムがウイルスに感染するということがあっては元も子もありません。
文書の電子化を推進しつつ、専門家の力を借りてセキュリティ強化を行いましょう。
業務のマニュアル化
業務のマニュアル化を行うことによって、各業務の中身が見えるようになります。中身が見えるようになると無駄な作業も見え、業務の棚卸の第一歩となります。また、業務の進捗が理解しやすくなり、社員同士のたがいの業務への理解が深まります。
まとめ
高度プロフェッショナル制度はまだ法案状態ですが、施行されれば多くの影響を及ぼす制度となるでしょう。しかし現段階では諸刃の剣ともいえるこの高度プロフェッショナル制度、会社と労働者双方がウィン・ウィンとなるよう正しい知識とマネジメントを強化した会社運用がカギとなりそうです。
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参照
[1]https://mainichi.jp/articles/20180613/k00/00m/010/083000c
[2]https://www.bengo4.com/c_5/n_2857/