「レジリエンス」とは、困難や逆境からしなやかに回復し、その経験を成長の糧にする「心の回復力」を指します。変化が激しく先行きが不透明な現代において、この力は個人だけでなく、組織全体の競争力を左右する重要な要素です。
本記事では、レジリエンスの意味や組織にもたらすメリット、高め方などを解説します。
レジリエンスを高めて、持続可能な成長を遂げる企業を目指しましょう。
目次
レジリエンスとは「回復力」のこと
レジリエンス(resilience)はもともと物理学において「外力による歪みを跳ね返す力」として使われていた言葉で、日本語では「回復力」「復元力」「弾力」などと訳されます。
具体的には、「困難や脅威に直面している状況に対してうまく適応できる能力と、その経験から回復して成長する力」を指します。
レジリエンスが注目される理由
レジリエンスがビジネスで重要視されている理由は、現在のビジネス環境の変化にあります。
VUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)の時代において、過去の成功体験は通用せず、計画通りに物事が進むケースの方が稀です。
天災の発生や新規事業の失敗、予期せぬ市場の変化、競合の台頭など、組織を運営していると思うようにいかないケースが多々みられます。
このような状況下ではリスクの予測が非常に難しく、失敗は避けられません。そのため、いかに再発防止策を講じて次のアクションを起こすかが個人と組織の成長を左右します。
現代はこうした「再起する力」が求められるため、レジリエンスが注目されているのです。
なお、レジリエンスに似た意味を持つ単語も他にあるため、その意味を正しく把握するためにそれぞれの言葉の違いも知っておく必要があります。
ポジティブシンキングとレジリエンスとの違い
ポジティブシンキングは、物事を前向きにとらえようとする思考方法です。
こちらの思考では、困難や失敗に直面しても物事の良い面に目を向け、楽観的な姿勢を維持しようとします。
一方、レジリエンスは必ずしも常に前向きである必要はなく、ネガティブな感情も受け入れたうえで、状況を乗り越えて立ち直ろうとする力です。
単なる思考方法ではなく、行動や周囲との関係性も含めた、より包括的な力といえます。
メンタルヘルスとレジリエンスとの違い
メンタルヘルスは「心の健康状態」そのものを指します。精神的健康や精神衛生などと称され、ストレスや悩みの軽減を予防と対策する場面で使われる言葉です。
対して、レジリエンスは、心の健康を維持・回復するための「力」や「プロセス」を指します。レジリエンスは良好なメンタルヘルスを保つための重要な要素であり、不調からの回復を支える処理能力を指すため、概念としてメンタルヘルスとは区別されます。
ストレス耐性とレジリエンスとの違い
ストレス耐性は、ストレスに耐えうる力や我慢強さを指します。具体的には、ストレスにさらされた際に冷静さを欠かさず、適切に対応できる力が含まれます。
一方、レジリエンスで焦点が当たるのはストレスを受けたあとの「回復力」や「復元力」です。ストレスで一時的に落ち込んでもそこから立ち直り、その経験を成長の糧にするという、より能動的で柔軟な心の動きを意味する点で異なります。
レジリエンスの因子
レジリエンスの強さには「危険因子」と「保護因子」が影響しており、レジリエンスを高めるためには、それぞれを理解する必要があります。
ここでは、レジリエンスにおける2つの因子を解説します。
危険因子
危険因子とは、困難な状況にうまく対処することを妨げ、心の健康を損なう可能性を高める要因です。例えば、人間関係のトラブルや病気、不健全な家庭環境・職場環境、災害、戦争などが挙げられます。
これらの因子が多いほど、ストレスの影響を大きく受けやすくなります。
保護因子
保護因子とは、危険因子の影響を和らげ、困難な状況からの回復を助けるための要因です。
例えば自尊心や楽観性、問題解決能力といった「個人的因子」や、信頼できる家族・友人、相談できる上司・同僚、安定した経済状況といった「環境的因子」が挙げられます。
これらの保護因子を日頃から育んでおくことが、困難な状況に直面した際の適切な対応につながります。
レジリエンスが組織にもたらす3つのメリット
レジリエンス向上に取り組むことは、組織に対してあらゆるメリットをもたらします。
レジリエンスがもたらすメリットは主に以下の3つです。
- 生産性が向上する
- 離職率が低下する
- イノベーションが創出される
順に解説します。
1.生産性が向上する
レジリエンスを高めると、逆境や困難な状況でも社員が思考停止に陥らず、自律的に解決策を考えて前向きに行動し続けられます。
例えば、クライアントからの急な仕様変更でプロジェクトが計画通りにいかない場合でも、レジリエンスの高いチームでは「どのようにすればこの状況を乗り越えられるか」と即座に代替案を議論し、個々の役割を明らかにして実行に移すことが可能です。
このように、困難な課題に対する一人ひとりの対応力が組織の業務遂行能力につながり、結果としてチーム全体の生産性が向上します。
2.離職率が低下する
組織でレジリエンス向上に取り組んでいると、職場での心理的安全性が確保され、社員が過度なストレスを抱えにくくなります。
レジリエンスが高い組織では、何か失敗ととらえられるような出来事が生じた場合でも、上司が部下を一方的に責めることはありません。上司が「今回の経験から何を学べるか」をともに考え、次回の成功をうながすような関わり方をするため、社員が精神的な健康を保ちながら安心して働き続けられます。
結果として、組織に定着しやすくなり、離職率が低下するのです。
3.イノベーションが創出される
レジリエンスを醸成させることで、「失敗は学びの機会である」という文化が組織に根付きます。
例えば、こうした文化があると、新規事業が結果として計画通りにいかなかった場合でも、得られた知見を資産として組織で共有するようになるでしょう。
こうした挑戦と学びのサイクルを組織として前向きにとらえることで、社員が失敗を恐れず、前例のないアイデアや新しい手法へ挑戦できるようになります。
結果として、変化の激しい市場で勝ち抜くためのイノベーションを生み出すきっかけとなります。
レジリエンスを構成する6つのコンピテンシー
コンピテンシー(competency)とは、成果を生み出す人材に共通してみられる行動特性です。
レジリエンスを高めるためには、以下に挙げる6つのコンピテンシーを意識することが重要とされています。
- 自己認識
- 自制心
- 現実的楽観性
- 精神的柔軟性
- 自己効力感
- 人との関係性
順に解説します。
1.自己認識
自己認識とは、自身の感情の動きや思考の癖、強みや弱みを客観的に把握する能力です。
例えばストレスを感じた時に「今、自分は不安を感じているな」と冷静に認識することで、感情に左右されずに次のアクションを考える余裕が生まれます。
こうした自己認識があるからこそ、他のコンピテンシーを効果的に活用し、困難な状況に対して適切に対処できます。
2.自制心
自制心とは、逆境に直面した際の衝動的な感情や行動をコントロールする力です。
困難な状況では、怒りや不安、焦りといったネガティブな感情が湧きますが、自制心があればそうした感情に振り回されず、立ち止まって冷静に対処できます。
こうした心をコントロールする性質があると、長期的な視点に立って建設的な問題解決ができます。
3.現実的楽観性
現実的楽観性とは、物事のポジティブな側面に目を向けつつも、目の前の困難な現実を直視し、冷静に受け止める能力です。
現実的楽観性があると「なんとかなる」という根拠のない楽観ではなく、「今は厳しい状況だが、必ず乗り越えられる」と信じ、そのために何ができるかを具体的に考えられます。
こうして困難な状況から目を背けずに現実的に立ち向かう力が折れない心を作り、目的の達成を可能にします。
4.精神的柔軟性
精神的柔軟性とは、ひとつの考え方や価値観に固執せず、状況に応じて物事を多角的にとらえて思考を切り替える能力です。
この力があると、予期せぬ問題が発生した際に、「このやり方がダメなら、別の方法を試そう」とすぐに代替案を考えられます。
失敗を「学びの機会」ととらえなおせることも、精神的柔軟性の一環です。現在のような変化の激しい時代に予想外の事態に直面した際でも、新たな解決策を導き出せます。
5.自己効力感
自己効力感とは、「自分ならこの困難な課題を乗り越えられる」「きっとうまくやれるはずだ」と、自身の可能性を信じる感覚です。
自己効力感があると、自らの力で状況をコントロールして目標を達成できるという自信が湧きます。
自己効力感が高い人は、困難な課題に対しても再度積極的に挑戦し、失敗してもすぐに諦めずに粘り強く取り組みます。
6.人との関係性
レジリエンスのコンピテンシーとして、家族や友人、同僚など、他者と良好な関係を築き、それを維持していく能力が挙げられます。
仮に困難な状況に陥った際でも信頼できる人とのつながりがあると、精神的な支えになります。
誰かに悩みを聞いてもらうだけでも心が軽くなるうえ、具体的なアドバイスやサポートも得られるでしょう。
孤立を防いで困難を乗り越えるために必要な協力を引き出すこの力は、レジリエンスの極めて重要な要素です。
組織のレジリエンスを高める方法
人のパフォーマンスは環境によって大きく左右されます。
ここでは、組織のレジリエンスを高めるために重要である環境や仕組み作りを解説します。
位置と役割を明確にする
経営層から一般社員まで、それぞれの立場に応じて役割は異なります。
まずはそれぞれの「果たすべき責任」と「与えられた権限」を明確にしましょう。これにより社員は「自分の仕事は何か」「何に対して責任を負うのか」を理解しやすくなります。
すると自分の仕事の範囲や相談先に対する迷いが解消され、自分の周囲で起きた問題に対して「自分の行動の結果である」と認識し、当事者として向き合います。
こうして問題解決に集中できる環境が、レジリエンスの土台となるのです。
結果による評価で言い訳をなくす
人は結果と向き合わざるを得ない環境に置かれることで、どうすれば成果を出せるのかについて真剣に、かつ自律的に考えるようになります。
そのため、個人の評価をプロセスや姿勢ではなく、数値で表される結果で客観的に評価することが重要です。
適切なアクションの末に結果を出せれば、社員本人にとっても自信となります。
こうして失敗から学び、成功で自信を得るサイクルを回すことで、自己効力感や精神的回復力を効果的に鍛えられるのです。
客観的なコミュニケーションで認識のぶれをなくす
何か失敗ととらえられるような出来事が起きた際、社員はその事実と向き合い、原因と対策を冷静に考えなければなりません。
そのため、主観や感情ではなく事実に着目し、客観的なコミュニケーションをとることが重要です。
例えば目標に対して未達部分が20%程度あれば、その原因と次のアクションを部下に問います。
すると部下は「未達」という客観的な事実と向き合い、その原因と対策を冷静に考えられます。
結果として、感情に左右されずに状況を立て直そうとする精神が生まれるでしょう。
企業におけるレジリエンスの取り組み事例
組織のレジリエンスを高めるための取り組みを考えるには、すでにその何らかのアクションをしている企業を参考にすることも有効です。
ここでは、企業におけるレジリエンスの取り組み事例を解説します。
株式会社メルカリ
フリマアプリ「メルカリ」を運営する株式会社メルカリは、「Go Bold〜大胆にやろう〜」という言葉をバリューのひとつとして掲げています。
このバリューのなかで説明されているのは、「大きな成功のためには、思考のリミッターを外して、試行回数を増やすことが必要」という考え方です。
失敗そのものを責めるのではなく、挑戦を賞賛する文化を言語化して周囲に共有することで、次のチャレンジの糧とする方針を掲げており、困難な状況でも社員が挑戦を続けるための文化が醸成されています。
アクセンチュア株式会社
アクセンチュア株式会社は企業や政府に対して、経営コンサルティングやITコンサルティング、アウトソーシングサービスなどを提供する総合コンサルティング企業です。
同社は、スタンフォード大学やアメリカの行動変容テクノロジー会社であるThrive Globalと協力し、心の健康を支援するプログラム「THRIVING MIND」を開発しました。
各機関の先駆的な研究や専門知識を活かし、精神的な安定を優先する自己学習体験プログラムをすべての社員に提供することで、レジリエンスの向上を支援しています。
参考:社員の日々の心と体の健康をサポート | アクセンチュア
花王株式会社
大手消費財化学メーカーである花王株式会社では、「健康経営」を重要な経営課題と位置づけ、社員の心と体の健康を多角的に支援しています。
具体的には、健康づくりを推進する体制の組織化や健康診断・生活習慣、医療的データ分析からの現状と課題の明確化などを行っています。
その他「心」に対しては相談窓口の充実化や、管理職研修などで心のサポート、「体」に対しては運動習慣・活動量UPイベントの実施やツールの普及、セルフケアセミナーを実施。
社員活力の最大化を図ることで、社員一人ひとりのレジリエンスを組織として支える体制を構築している一例です。
正しく仕組みを構築して組織のレジリエンスを高めよう
目標の未達や計画の失敗などで社員の心が折れてしまうのは、個人の精神の問題だととらえられがちですが、そうではありません。
責任や評価の基準があいまいで感情的なコミュニケーションが蔓延する環境が、社員の早期回復を阻止してしまっている可能性があります。
精神論やその場しのぎの優しい声掛けでは、人は成長できないため、社員一人ひとりが安心して挑戦と成長に集中できる環境の構築が重要です。
まずはレジリエンスを構成する要素を正しく認識して仕組みを整えることで、組織のレジリエンスを高めましょう。