今回私がお薦めする一冊は、美容室の全国チェーンDearsグループの代表である北原孝彦氏の著書『たった4年で100店舗の美容室を作った僕の考え方』です。この本を通じて見える北原氏の組織づくりについて、識学講師の私が分析していきたいと思います。
目次
一番の強みは再現性の高さ
全国の美容室の数は約25万軒で、コンビニの店舗数の4倍以上です(※1)。この点から分かるように、美容室業界は非常に競争が激しい環境です。しかしながら、北原氏は起業から4年半で全国に100店舗の美容室を開き、6年でその数を150超に伸ばしました。
北原氏がこれだけの実績を残せた理由は、何といっても再現性の高さです。北原氏はとことん再現性にこだわり、その結果異例のスピードでの拡大を成し得たのです。
髪質改善に特化したサロン展開
北原氏は「髪質改善に特化したサロン」の展開という独自の戦略を貫いています。なぜ、髪質改善に特化させているのかというと、まさに再現性が高いからです 。
北原氏は、長髪の男性を見て「いいね」と思う人もいれば、「短くしたほうが清潔感があっていい」と感じる人もいると指摘します。つまり、カットのデザインというのは人の好みの問題であり、明確な基準や答えがないということです。
答えが出なければ、改善の仕様もありません。こうした「人によって見方が違うもの」で勝負をすると、いつか必ず行き詰ってしまうはずだと僕は考えました。
一方の髪質改善についてはどうでしょうか。北原氏は、「『こっちの方がキレイ』というのが、誰が見ても明確に分かる」と語ります。答えがはっきりしていれば改善は可能であり、再現性も生まれます。非常にロジカルなアプローチです。
この点は、識学の教えと通じるものがあります。識学では「完全結果」という言葉を使い、数多くの場面で同様の環境設定を行います。つまり、ルールや指示、目標に対して誰もが一致した認識を持てるような形で明確化するのです。
マニュアルの徹底
北原氏のサロンのリピート率は80%以上だといいます。通常、サロンのリピート率は60%を超えていればかなり優秀ということですから、これは突出した数字でしょう。
北原氏によれば、リピート率が高い要因は同社が使用しているマニュアルです。北原氏は、マニュアルに沿って話を進めていけば、誰でもこの数字を残せると強調します。
その理由もやはり再現性です。顧客が美容室に足を運ぶ目的は、髪をキレイにしてほしいからで、美容師と話をしにきているわけではありません。なかには美容師との会話が億劫な人もいるでしょう。
同社の接客マニュアルには業務に必要なこと以外は一切書かれていません。このマニュアル通りに接客することで、余計なことを言ったがために顧客の期限を損ねる事態を避け、高いリピート率につなげているというのです。
高い生産性の実現
北原氏は再現性のあるビジネスモデルを構築すると同時に、生産性の向上にも努めています。
適切な距離
厚生労働省によれば、従業員が抱えるストレスの上位三つは「仕事の質・量」「仕事の失敗・責任の発生等」「対人関係」です(※2)。本書には、これらのストレスを従業員が感じないようにするため、北原氏が行っている仕組みづくりを見ることができます。
例えば、北原氏は従業員同士が適切な距離を保つ工夫をすることによって、人間関係のストレスを低減しようと試みています。人間関係のストレスの発生原因を「仲良くなること」と捉え、
- 朝礼やミーティングを一切行わない
- 皆で行く食事会のみ会社からお金を出す
- 個室サロンの設置
といった環境づくりをしています。結果として、組織の根本的なロスタイムを減らすことに成功しているのです。これらは、いずれも経営者の感覚や曖昧な物差しを用いておらず、やると決めさえすれば誰でも作ることができるという意味で再現性が高いものと言えます。
北原氏は、著書で、
「仲良くなるから、ケンカが生まれる」
「距離が近くなるからこそ、そこに摩擦が生まれる」
「いったん関係がこじれると意見や主義主張のすり合わせが非常に困難となる」
と説明します。
識学メソッドでも、ずばり「位置」=「距離感」を意識することの必要性を説いています。特に上司部下間の距離を近づけてしまうと、両者の関係に緊張感が生まれなくなります。
例えば、「嫌われたくないから部下を注意できない」とか「上司が嫌いだから言うことを聞きたくない」といった事態が発生してしまうわけです。これらはチームのパフォーマンスが下がる原因であるため、我々講師は、普段から部下との距離感をしっかりと保つことを最大限意識してくださいと伝えています。
もっとも価格が高いメニューだけを提示
北原氏のサロンでは、「一番価格が高い『フルコースのメニュー』しか提示しない」そうです。こうすることで、お店側はいわゆる「上位顧客」のみを集めることができます。
また、顧客は「メニューを足される」とか「価格が上がる」という不安を感じなくて済みます。従業員も無理な売り込みをしなければならないというストレスから解放され、まさに「三方良し」な設定です。
小見出し3:個々で仕事を完結させる仕組み
北原氏は、「個室サロン」をこだわってつくるようにしていると述べています。個室サロンを設けることによって、従業員同士の「適切な距離」を保つ以外に、生産性が向上する効果も持ち合わせているのです。どういうことでしょうか。
美容師は技術職であるため、隣の人の仕事が目に入ると、「どうしてそんなカットにするの」とつい集中力が削がれてしまいます。自分の価値観を他人に押し付ける人が現れることで、人間関係の悪化に繋がるケースも多々あるようです。個室サロンで自己完結型の仕事をすれば、これらを防ぐことができます。
さらに、
個室の場合、自分が使ったところだけを掃除して、片づけが終われば帰宅できます。他人が汚した場所を片づけたり、仕事を終えるのを待っていたりする必要がありませんから、余計なストレスがなくなります。
このような意味で、個室サロンの設置は生産性向上にも大きく貢献しています。
ミーティングに頼らない管理体制
北原氏のサロンではミーティングを一切していないといいます。その代わりに、週報と月1回の定期報告を活用した管理を徹底しています。
定期報告では「今月の総売上」「集客広告費」「新規問い合わせ数」「新規入客数」「新規次回予約数」の5つのみの報告に限っています。このように管理ポイントとタイミングをシンプルかつ最低限にすることで、管理者(同社では代表の北原氏のみ)のマネジメントコストを極限まで下げています。
唯一の問題点は成長環境
北原氏は著書内で、従業員には成長を求めず、そのままの能力でも成果が出るシステム設計をしていると言い切っています。これにより再現性が高まり、安定してスピード感のある経営が実現できているというのです。この考え方は、経営戦略としては素晴らしいものですが、北原氏のみに支えられた事業モデルであることが気になります。
成長を求められない環境で安定した収入を得られる反面、北原氏がいなくなったらメンバーの生活の保障がない、つまりその後生き抜く力がない問題をどのように考えているのかについては、識学講師という立場からは尋ねてみたい部分です。
とはいえ、本書は経営術を再現性の観点で考え抜き、実行イメージもしっかりと持たせてくれる良書です。ぜひご一読ください。
※1
厚生労働省「令和2年度衛生行政報告例の概況」
日本フランチャイズチェーン協会「コンビニエンスストア統計時系列データ(2017年~2021年)」
※2「令和2年労働安全衛生調査(実態調査)」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/r02-46-50b.html
最終閲覧日:4月11日