「官僚組織は意思決定が遅い」「本部は現場をわかっていない」――。こうした摩擦は、組織が巨大化するほど深刻な課題となります。しかし、その遅さや乖離が生じる真の構造を、私たちは正しく理解できているでしょうか。
30個におよぶハンコが必要な決裁プロセス、大臣室での緊迫したやり取り、そして民間転身後に経験した現場スタッフの離職という手痛い失敗。SEOコンサルタント・玉村氏を聞き手に迎え、巨大組織の最前線と民間企業のマネジメント、その両面を知る下野の経験から、組織における役割と責任の重要性を紐解きます。
[ 対談動画はこちら ]
<<あわせて読みたい>>
目次
法令で社会を根本から変える――厚労省キャリアを歩んだ理由
玉村氏(以下、敬称略): まず、簡単に過去の経歴についてお伺いできればと思います。下野さんの場合、いわゆるキャリア官僚として厚生労働省に入省されたということで、そもそもなぜ厚生労働省だったのかについてお伺いしたいです。
下野: 大学3年から就職活動を開始する時に、まず民間か公務員かという2つ選択肢があって、結論から言うと決めきれなかったので、公務員試験の勉強をしながら民間の就職活動も並行してやっていました。
当時、民間は3~40社ぐらい回って、4年になる前の段階で行く先を絞りました。一方で公務員試験は、合格後に各省庁で面接を受けて内定を勝ち取る仕組みで、枠も合格者の半分ほどと聞いていました。その厳しい状況下でも、できるだけ世の中に大きな影響を与えたいという思いがあったんです。
国は法令を扱っており、世の中の仕組みや制度を根本から変えられる。そこに大きな魅力を感じました。中でも厚生労働省は、人が生まれる前から亡くなるまで関わる制度を扱っているので、どの段階においてもそれを仕事の中で感じられるのではないかと考え、入省を決めました。
玉村: 実際に入省されてから、その「人の人生に深く関わっている」という実感や、やりたかった仕事とのギャップなどはありましたか。
下野: 最初に介護保険の部局に入りました。ちょうど私が入った時は2004年で、介護保険って2000年にできて2005年に最初の大改正があって、その時に介護予防っていうものができたんですね。介護は人の生活に関わる部分ではあるんですが、実際の仕事ってやっぱりどういう風に法を変えていくかとか、この法律をどういう文言で作るか、とかなので、目の前の仕事と実際の世の中の人の生活っていうところは、イメージで結びつけるというような感じでした。
決裁に「30個のハンコ」が必要な実態――意思決定を遅らせる構造的要因
玉村: なるほど。ではその法案を通していくための意思決定というのは、具体的にどんな風になされていたのでしょうか。
下野:法案は、各省で官僚だけで勝手に考えて決める、という仕組みになっていません。多いのは審議会ですね。大学の先生とか業界の有識者の方が委員になって、それを何回か重ねていって、最後に答申が出ます。例えば今回の制度の変更はこういった方向でやっていきますという形です。それを受けて法律を改正して国会に法案を提出するという仕組みです。
玉村:よく「官僚組織は意思決定が遅い」とか「現場を知らずに勝手なことを言っている」と批判されることもありますよね。ステークホルダーの意見調整や国民生活への影響を考えると慎重にならざるを得ない面もあるとは思いますが、下野さんご自身、その中でも「これは遅いな」と実感を伴って思った部分はありますか。
下野:まず意思決定のレベルと言いますか、1部署の判断でどうにもならない話ですよねっていうことです。法律改正も厚生労働省の中でやるとしても、大臣決裁を得ないといけないわけです。私が法律の修正の案を作って、紙で決裁書を作って、まず課長補佐のハンコをもらい、自分の所属の課長のハンコをもらい、もしその内容が他の課にも影響がある場合は他の課の担当課長にも(ハンコを)もらいます。
その上で、局の総務課に回して、総務課長、局長のハンコをもらう。その後は官房総務課、そこでも課長までハンコをもらって、そこから政務三役ですね。政務官、副大臣、大臣と。ここまでハンコをもらわないといけないです。多い時は30個近くハンコが押されることもありました。
玉村:その決裁書は、下野さんご自身が持って行くんですか。
下野:はい、係長が持っていくケースが多いです。
玉村:その時って大臣とやり取りすることもあるんですか。
下野:あります。質問されることもあるので、それに答えられないといけない。事前に想定問答を全部準備していきます。
玉村:それだけハンコがあると、かなり時間かかりますよね。
下野:そうですね。1つのハンコに2日かかるとすると、それだけで2ヶ月かかることもあります。誰か1人でも修正が入ると、また修正して回し直すことになります。
「根回し」の本質――事前の合意形成が説明の精度を向上させる
玉村:なるほど。根回しって言葉がありますけど、そのあたりって実際どうなんですか。
下野: 事前に説明して了解をもらっておくということです。決裁の段階では、もうある程度合意が取れている状態になっています。なので、誰かが強く反対するということはあまりないです。
玉村:根回しって、悪いイメージで捉えられることもありますよね。
下野:そうですね。ただ実際には、事前に説明しておくというだけの話です。組織で仕事を進める以上、関係者に説明しておくのは当然のことだと思います。説明していく中で、質問が出てきたり、「ここどうなってるの?」という話が出てきます。それに答えられるように準備していくので、結果的に説明の精度がどんどん上がっていきます。同じところを何回も聞かれるので、「ここは必ず聞かれるな」というのも分かってきます。
民間企業での失敗――「良かれと思って出した改善案」が現場の離職を招いた理由
玉村: 現場と本部の乖離について、実際にご経験されたことってありますか。
下野:あります。厚生労働省を辞めて、民間企業に入った後、2年目にある施設の担当になりました。現場を見たいと思って、3日間、朝から夜まで現場に入って業務をやらせてもらいました。現場の方からすると、「本社から誰か来て、研修で入ってる人」みたいな認識だったと思います。
その後、自分としてはせっかく現場に入ったので、改善できる点をまとめようと思って、5ページぐらいにまとめて、こう改善してくださいという形で送ったんです。そしたら大反発を受けまして、「3日いただけで何言ってるんだ」という話になりました。結果的に、施設長とスタッフ3人が辞めることになりました。
玉村:かなり大きなインパクトですね。
下野: そうですね。原因は、組織上の自分の立ち位置が現場に伝わっていなかったことだと思います。現場からすると、自分は上司ではなく、ただ来た人という認識だったので、その状態で指示のようなものを出してしまった。

玉村:その経験を踏まえて、マネジメントで重要なことは何だと思われますか。
下野:まずは役割と関係性を明確にすることです。上司と部下の関係は、指示する側とされる側という関係です。そこが曖昧なままだと、本部と現場という構図になってしまって、指示が通らなくなります。組織図の中で、自分がどのポジションで、どんな役割を持っているのかを明確にする必要があります。その上で、上司は部下に対してやるべきことをやらせる。これを徹底することが重要です。
部下に「答え」を与えない――自走する組織を作る進捗管理のルール
玉村: 具体的にはどのように関わるべきなんでしょうか。
下野:目標を設定して、その進捗を管理することです。例えば、売上目標があって、それを達成できたかどうか。達成できていなければ、なぜできなかったのか、原因と改善策を部下に考えさせる。
玉村: 上司が答えを出すわけではないんですね。
下野:そうです。上司が細かく指示してしまうと、部下は「言われた通りやっただけ」という状態になります。そうすると、自分で考えなくなります。結果的に、「言われた通りやったのにダメだったから自分の責任じゃない」という思考になります。これが続くと、組織全体が弱くなっていきます。

「感情」を排除し「事実」で会話する――ルールを最適化する仕組み
玉村: 本部が作るルールに対して、現場からすると現実に即していないという不満も出てくると思うのですが、そのあたりはどう考えればいいですか。
下野:まずルールは、みんなで守るべきものとして設定します。本部がルールを決める理由は、現場ごとにバラバラな運用をしてしまうと統制が取れなくなるからです。ただ、現場から見て問題があるのであれば、それはちゃんと上げてもらう必要があります。嫌だとか面倒だではなくて、どういう問題が起きるのか、事実や数字で上げてもらう。それをもとに本部が判断して、必要であればルールを変える。
玉村:組織が大きくなると、なかなか変わらないというイメージがありますが、そのあたりはいかがですか。
下野:そうですね、例えば官僚時代のような環境で、法律の改正が必要な場合は、国会を通す必要があるので、どうしても時間はかかります。また、一度決まったことは、いろいろなステークホルダーの調整を経て決まっているので、それを変えるのも簡単ではありません。大きな組織ほど、方向転換には時間がかかると思います。
玉村:では、組織を変えていくためには何が必要でしょうか。
下野:トップの意思です。会社/組織をどうしていきたいのか、まずそこがあって、それを実行する覚悟があるかどうかです。トップがやると決めれば、組織は動きます。逆に、そこが曖昧だと変わりません。ただし、現場の立場からできることはもちろんあります。今のやり方でどういう問題が起きているのか、どう変えればどれくらい良くなるのか、そういった情報を上げ続けることです。感情ではなく、事実や数字で示すことが重要です。それをもとに上が判断します。

体系化された理論を知れば、意思決定の「迷い」は消える
玉村: 最後に、読者の方にメッセージがあればお願いします。
下野:私自身、前職でマネジメントをやっていた時に、いろいろ試行錯誤してやっていました。その中で、うまくいったこともあれば、逆にうまくいかなかったこともありました。後から振り返ると、なぜそうなったのかというのが整理されて理解できるようになりました。マネジメントは体系的に整理されているので、それを知ることで迷いがなくなります。迷いがなくなると、意思決定のスピードも上がります。ぜひそういった考え方を活用していただければと思います。
まとめ
組織の停滞を打破する鍵は、個人の能力に頼るのではなく、役割を徹底することにあります。本部と現場の乖離を防ぐには、まず上下の関係性を明確にし、指示系統を整えることが欠かせません。上司が安易に答えを与えず、部下に自ら改善策を考えさせることで、責任感のある自走組織が育ちます。現場の不満を感情で終わらせず、事実と数字に基づく報告へと変換する仕組みが、ルールの最適化と意思決定のスピードアップを実現します。理論に基づいた迷いのないマネジメントこそが、強い組織を作る最短ルートといえるのではないでしょうか。
プロフィール

株式会社識学 コンサルタント。東京大学経済学部を卒業後、厚生労働省に入省。介護保険や労災保険等の法令改正業務、国会対応等に5年半携わる。その後民間事業会社で指定管理者事業(公共施設の管理運営)に従事。事業部長として本社30名、全国55施設600名のマネジメントを行う。その中で、評価制度の重要性と、感覚ではなく再現性ある確信を持ったマネジメントの必要性を痛感し、識学に入社。

玉村 嘉隆氏(聞き手)
約20年の経験を持つフリーランスSEOコンサルタント。事業開発・経営企画から検索エンジン開発まで幅広いキャリアを経て独立。SEOを軸にリスティング広告・サイト制作ディレクションなど、集客全般をワンストップで支援している。
<<あわせて読みたい>>
記事を読んで、もっと識学を知る。
あなたの組織課題に、識学がどう応えるのか。次の一歩を選んでください。
5,000社以上の導入実績/60分・完全無料のマネジメント相談を受付中



